メルブラトーク(7)

 MELTY BLOOD(メルティブラッド)に関するいつものネタバレトーク。
 順番はテケトーです。

 その61 エルトナムの行き付く先は

 他人から情報を奪い続け、或いはそれを元に更に自ら研究を重ね、そして得た知識の全てを次代に継承する。そういった事をひたすら続けたら、彼等は最終的にどうなるのだろう?

 学習に時間を割かねばならない他の魔術師達と違い、彼等が有する知識の量は膨大で、常識のレベルをはるかに超えているんじゃないだろうか。もしかしたら知識量だけならば千年クラスの死徒達をも上回る可能性が。或いは現時点で既に上回っているかもしれない?
 そしてシオンが他人の記憶を奪うのに長けていたのは自己が希薄であったから。それゆえ、他者の自我という壁に衝突する事もなくすり抜けて、易々とその脳へと侵入する事を可能としたわけですが。
 とすると、やがてエルトナムの人間は自我の無い、ただ膨大な量の情報の塊でしかないモノ。人の器に収まった、人ではない何かへと成り果てていたかもしれなかったりして?
 アルクも無闇に世界から情報を汲み上げると自我が薄れてしまうというし、ネロもあのまま膨大な量のケモノの因子を内包したまま時を重ね続ければやがて自我の無い只の混沌でしかなくなっていただろうというし。

 しかし仮にそうだったとしても、実際にはシオンが志貴達と触れ合って変わった事からそうなってしまう可能性は低くなったんじゃないかと思いますけど。


 その62 シオンの思考は最大何分割か

 シオンの分割思考が見られるシーンから、彼女は少なくとも7分割まで可能である事が明らかに。
 「少なくとも7」という事はひょっとして歴代最高の8に並ぶ可能性もあるのだろうか、と思われるかもしれませんが……けどそれなら8分割思考が出来たというかつての院長の話が出た所で最低ヒトコトあったと思う。しかし実際にはまるで他人事のように語っていましたんで、最大7分割であると考えた方が自然でしょうね。

 なお、7分割なら7の7乗で823543通りの思考を持つという事になると思われる。一番最初に述べた分割思考のシーンでもシオンの計算力が尋常じゃないことはわかりますが、こうして改めて数字にしてみるとその凄さがよくわかります。
 ちなみに8分割だと16777216通り。フルカラーだかトゥルーカラーだかいうやつの同時表示可能色数と同じですが……こっちは数字が大きすぎて私はかえってピンとこない(笑)
 けれどそれだけの思考力があるならば人類の終焉などという気の遠くなるほど先の事まで計算できてしまうのもわかる気がする。


 その63 固有結界への修正力

 シオン曰く、「二十七祖と呼ばれる吸血鬼たちは」肉体を失った程度では滅びず、幽体として存在する事もできるらしい。吸血種は不死身と言ってもそれは肉体が生きている間に限る、とかいうロアの話は並の吸血種の場合の事だったんでしょうかね。まあ、そう語っていた彼自身がその例からは外れていたわけでしたけれども。

 で、その肉体を失った祖のひとりがズェピアだったわけですが、彼は霊子だかなんだかだけの状態だった。そして固有結界を展開できるのは一夜限り。つまり、修正を受けている。
 彼以外では、スタンローブやグランスルグ、ナハト、コーバックあたりですかね。
 コーバックは月姫2予告編を見る限り南京錠みたいなモノになっちゃってるようですが固有結界を持っているのかどうかはよくわかんない。スタンローブも同様。
 グランスルグは固有結界ネバーモアとやらを持つらしい。こちらは修正がかかるのかどうか不明ですが、しかしアインナッシュが数日単位で固有結界を維持していると誤解されていた事から察するに、かかりそうな気はします。
 ちなみにネロの場合、固有結界をその肉体の内側に展開する事によって世界の修正から逃れていた。その肉体はとうに人間のソレではなくなっていたであろうにも関わらずである。
 という事は、例え肉体が別物になっていたとしても結局修正はかかるという事なのかもしれない。元の肉体と供にあった霊子はそのまま新しい肉体に引き継がれるから、だろうか。
 なら別の肉体へと移っているっぽいグランスルグやコーバックも同様であるという事の裏付けになるかもしれない?
 ナハトは……一応胃だけは残っていてそこから本体が呼び出されるわけで、肉体を完全に失ったというわけではないか。

 ええと結論としては、肉体が残っていようがいなかろうが全く別物になっていようが、その個体が存在しつづける限り、霊子だかなんだかは人間だった頃からずっとそのまま引き継がれる為に世界からは人間とみなされ、展開した固有結界にはキッチリと修正がかかってしまう、という事だろうか。

 いや、そもそも修正がかからないのは自然の延長である精霊のみであるようなので、はじまりが人間である限り、そこからどんなにかけ離れたモノになろうと精霊にはなれないから、世界から人間とみなされるかどうかは関係ないかな?
 つうことは、元々固有結界とは悪魔と呼ばれる存在の異界常識であったそうだけど、この本家本元である悪魔の固有結界にも世界からの修正はかかる、という事になるのかも。


 その64 現象と存在

 現象という言葉の意味を辞書で調べてみると、観測者が知覚してはじめて成立する、この世の出来事、物事を言うらしい。つまり後ろにある「その現象を発生させるモノ」を抜きにして、ただ起こった出来事それ自体を指す。
 それならば確かに実体などありえない。例えば「発火現象」は「火」でも、それを発生させるなんらかのシステムを示しているわけでもない。そのシステムが機能した結果である「火が発生したという出来事」のみを指す、という事。
 対して存在とは他のモノに依存する事無くソレ単体で「ある」モノの事を言うらしい。

 という事は、現象というモノは存在というモノに依存して成立しているという事になるんじゃないだろうか。だって、何も存在しない世界においてはいかなる現象も発生しようがない。先の発火現象でいうなら、燃えるモノ自体が存在しないのだから火が発生しようがないという事になるわけだ。

 だからワラキアの夜という現象は他者という存在に依存する、というワケなんでしょう。存在が行ったなんらかの活動がもたらす物が現象なのだから。
 そして本編で志貴達が対峙した「明確なカタチを得たワラキア」は、発火現象の例で言うなら「火そのもの」という事になる。故にそれはワラキアという現象を成す要因の一部ではあるが、ワラキアそのものではないという事になると思われる。


 その65 現象と存在(2)

 さて、こことその66で書く事は哲学をちゃんと学んだわけでもない私の考えでありまして、本物の哲学者さんからはツッコミ所満載である可能性があるという事を先に述べておきます。

 現象というのは存在に依存するものだとする事ができた。対して存在は他の何かに依存する事なくそれだけで「ある」モノだという。
 しかしここで見方を変えて、もうちょい小さな世界に目を向けてみる。例えばある人間という存在の、その細部に着目すると、その人間を構成している多数のパーツが存在する事がわかると思います。そしてパーツの大部分を失ってしまったとしたら、その人は全く違う存在へと成り果てる。
 パーツを失っただけでその人はその人だ、というのは違うと思う。例えば「Aさん」は「Bというパーツ」を失った瞬間「Bを失ったAさん」へと変貌する筈。
 よって、ある人間は「その肉体を構成するパーツという存在」に依存して成立している存在なのではないだろうか。言い方を変えれば、「その人間という存在」は、「その人間の肉体を構成する各パーツという存在に依存した現象」とみなす事ができるのではないか、という事です。

 またこれはEver17でも述べられていた事なんですが、細胞は細胞分裂によって新しい細胞が生まれた後に古い物が死ぬ事によって絶えず入れ替わっている。結果ひとりの人間の肉体を構成する細胞は、数年程度で入れ替わってしまう事になるらしい。
 つまり物質的側面にのみ着目すれば、現在のAさんと数年前のAさんとでは別人となる、という不思議な事態に陥ってしまう。
 けれど普通は今も昔もAさんはAさんとみなされる。それは何故か。「存在」というものの本質は実体の無い概念でしかない物だから、という事になるんじゃないだろうか。つまり、観測者によって知覚されてはじめて「ある」とされるモノ。
 そうであるならば、これはその64の冒頭部分で述べた「現象」の定義にも当てはまる。
 なお、Aさんの肉体を構成する物質が全て入れ替わろうと、Aさんの肉体が成すシステム自体は変わらない。よってそのシステムが引き起こす「Aさんという存在」という現象も変わらない。
 ちなみに「Bを失ったAさん」の場合、システム自体がBを失った事によって変貌してしまっている為、それによって引き起こされるのも「Aさん」という現象から「Bを失ったAさん」という現象へと変わる。

 長々ダラダラと書いて結局何が言いたいのかというと、実のところ存在すらも広い意味では現象に含まれるのではないかって事です。


 その66 世界と人間

 その65の続き。

 だとすると世界(地球)というモノも、細胞が絶えず入れ替わったり、各パーツが機能したりして成立するひとつのシステムであると言える一個人の肉体同様、あらゆる自然物が自然の法則に従って循環する事によって巨大なシステムを成した結果構築された非常に巨大な存在、という「現象」なのだといえるのかもしれない。つまり、ガイア論。
 たしかきのこさん自身が過去に、作品中でいう「世界」とはガイア論的なモノである事を認めていたと思ったのでその可能性は高いと思うんですが……。

 要するに、問題は観測者が「境界線」を何処に引いて、「存在の最小単位」を何に定めるか、という所にあるのかもしれない。
 例えばその65の冒頭部分で、存在とは「他の何か」に依存する事なく「ある」ものとされる、みたいな事を述べました。するとある個人は、「個人」と「個人」の間に境界線を引いて最小単位を「個人」と定める事によって、他の個人に依存せずに「存在」するという事になる。しかし、「肉体を構成するパーツ」を最小単位と定めた瞬間、それに依存した「現象」とみなす事ができるようになる。
 そうであるならば、結局のところ世界という存在も人間という存在も、ただ境界線の引き方の違いから規模が圧倒的に違うだけで、ひとつの現象であるという点では同じなのかもしれない、という考えなわけでした。


 その67 自然から独立しているという事

 人間は自然から独立した存在で、故に空想具現化では直接干渉できないという。この、「自然から独立」とは具体的にどういう事を意味するのか考えてみる。

 その66で、世界も人間も境界線の区切り方が違うだけで結局ひとつのシステムであるという点では変わりないというような事を述べましたが、そこで全ての「人間」の境界線を取っ払ってもっと広い範囲を含めた状態で線を引きなおし、「霊長」という一個の巨大な存在に注目してみる。
 するとこれも「ガイア」という巨大なシステムに匹敵する規模の、全く異なる「独立したシステム」とみなす事ができるんじゃないだろうか。

 自然に属する全ての物は、その循環に従って活動している。だからこそそれらが寄り集まってガイアシステムという概念が成立するわけですが、対して「人間」は自然を利用しながら、しかしガイアシステムに従わずとも活動する事ができる。
 何故か。それは人間が「霊長」という、ガイアが作り出した秩序とは異なる秩序からなる独自の巨大なシステムに組みこまれた存在だからなんじゃないでしょうか。
 人間というのはガイアが生み出した生命種の中でも、既存の秩序に縛られる事なく新たな秩序を作り出す事に最も長けているといえるかもしれない。
 だからこそ人間独自の抑止力とされる超能力は自然干渉法とは全く異なる原理で発動するし、アラヤの抑止力は抹殺対象にとって予想外の行動を取る為に、既存のルールを破って新しい独自のルールを作り出す傾向にあるのかも。

 結論として、「自然から独立」とはガイアが作り出した既存の秩序から発生しつつも、そこから更に新たな独自の秩序を作り上げた。そういう事なんじゃないだろうか。だから霊長の抑止力はガイアの抑止力とは別個に存在するのかも。


 その68 存在の最小単位

 志貴の直死はネロという群体を滅ぼしている。これは何度も述べている「境界線」の引き方を変えて、存在の最小単位をネロの獣の身体のパーツから、ネロの獣その物へと引き上げた結果だと解釈できるかもしれない。そうすれば666もの存在を全て殺す必要などなくなる。
 実際ネロを滅ぼした後も彼を構成していた混沌は、直死が即死効果を持つにも関わらずしばらくの間存命していた。つまり、志貴はこれらを殺したのではなく、これらがパーツとなって形成していたネロというシステムを殺害したと言えるんじゃないだろうか。
 とどめを刺す際に志貴が、ネロという世界そのものを殺害する、みたいな事を言っていたのが裏付けになりそうな気がします。
 さっちんの血や、毒を殺した事に関しても同様の事が言えるでしょうね。これらも目に見えないくらい細かいモノが大量に寄り集まって出来た物だと言えますから。

 そういえば元祖直死とも言えるバロールの眼は軍隊を弱体化させる事ができたらしい。これも志貴がネロに対してやった事ともしかしたら同じなのかも?


 その69 タイプ・〇〇

 某所でも言われてましたが、Notes.において銃神は「type:other.」と表記されていました。ずっと昔これに気付いて以来つい最近まで、銃神はアリストテレスではないと思うし、じゃあどういう意味なんだと頭を悩ませていたんですが。
 「type」には典型とか、見本とか、模範などといった意味もあるんですよね。じゃあNotesにおいてはこれ、「代表」とでも訳せるかもしれない。そしてもしかしたら銃神は、彼が属するシステムの代表であった……つまり、「人間」の代表であった、という風に解釈できるかも。
 タイプ・〇〇と称されたアリストテレス達は、各惑星という異なるシステムの代表達。対して惑星システムの代表ではないが、しかしそれらに大きな打撃を与えられる兵器を唯一使用できるが故に、そのカウンターとも言える「別の」システム代表。故に「type:other.」。そういう風に考えられないでもないかも。
 もっとも、Notes.において人間は彼ひとりしか残っていないので自動的に彼が人間代表だという事になるわけですけれども。


 その70 真祖は何故無駄をしないのか

 月姫でのアルクの言動からもわかる通り、真祖は人間と違って無駄な事はしない。己に課せられた役割だけを全うし、それ以外にはあまり関心を示さない。その方が合理的なのは確かではありますが。
 こういった彼等の考え方は、彼等がガイアシステムの一部である事に起因してるんじゃないだろうか。
 システムの一部であり、決まった結果を出す事しか求められない。決められた事以外の事を無闇にやられたらシステムが狂うが故に、与えられた命令を全うするだけのプログラムのような在り方を世界から求められた結果なのでは。

 というか、真祖に限らず自然に属するあらゆる物は全てそういった在り方をしていると考えられるかも。それぞれは特に自覚はないんだろうけど、知らないうちに自然が作り出したレールに沿って歩いている。そうでなければ今頃自然の循環は滅茶苦茶に壊れて地球の環境は激変しているでしょう。

 けれど皆がそのレールの上を歩くだけの機能しか与えられなかったのかというと、多分そういうわけでもない。それ以外の事もできるだけのポテンシャルがある事はあるけど、それを利用しようという発想に至る事がない。人類は他の動物が持たない知性のおかげでそういった発想を持ち、自然から独立する事が出来たと考えられるんじゃないだろうか。


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