らっきょとーく(3)

 らっきょこと空の境界(完全版)を読んで思ったことをツラツラと書いていくという。いつものやつです。
 例によって順番はテケトーです。

 その21 「  」とは

 結局最後まで明かされなかったわけですが。根源じゃないのかね?
 或いは根源と同質の存在、だろうか。
 わからんなあ。とりあえず、色々考えてみます。多分、結論はでないけど(汗)

 まず、ここには全てがあるかもしれないし何も無いかもしれないという。
 全であると同時に無である。もしくは全でも無でもない場所?
 しかしだとすると、それってどう言う意味だろう。

 その19でふれた無限・有限の話のように、まず全という概念を定めるためには無という概念を定めねばならない。全と無の間に境界線を引く必要がある。
 が、ここではその境界線が存在しない。故に全と無、そのどちらでもあるし、どちらでもない、という事なのかな…。
 アカシックレコードに過去・現在・未来の全ての記録が詰まってるというのも、この場では過去と未来というふうに分かたれていない、つまり両者の境界線が存在していないから? かな…。

 そういう所であるからこれを正確に表現できる言語が存在しないので、最後まで「  」と表記されたままだったのかなあ。
 そもそも言語は根源からあらゆるモノが分かたれた後に作られたものであるから、分かたれる前のモノを表現する事はできないんだったりして。
 それでも無理矢理言葉を当てはめるなら仏教における「言語道断」?

 他に全であり無であるとも言え、そのどちらでもないとも言える理由として考えられるとしたら、そこが全ての事象の一番最初の原因であるから、でしょうかね。

 この世のあらゆる事象には必ずその原因となった事象が存在している。因果律というやつですが。
 例えばある事象が原因となり、結果となる事象が発生したとする。するとその結果たる事象が今度は原因となり、次の結果たる事象を生み出す。

 原因→結果
     (原因)→結果
          (原因)→結果
               (原因)→…
 というふうに、延々と繰り返していく。

 今度はそれを逆に辿っていってみる。するといずれ一番最初の原因に辿り着く筈。これが根源とされているモノだろう。

 一番最初の原因、という事はこの世の全ての事象の原因である。よって全と言える。…のかな?
 が、"ソレ"は一番最初の原因であるが故に無であるとも言えるかもしれない。
 何故なら因果律は原因のない事象の存在を認めないから。ならば"ソレ"が無でなかったとしたら"ソレ"を発生させた原因が他にある、という事になる。これでは真に根源とは言えなくなってしまう。
 だが無であれば"ソレ"を発生させた何かが存在している必要はないだろう。だからこそ根源は無?

 故に全であると同時に無であるとも言えるし、そのどちらでもないとも言える…。

 ってややこし…頭痛い…書いててわけわかんなくなってきた…。破綻してる気もしますし。色々考えてみたけど自分ではこれが限界。多分、きのこさんからの解答が得られない限りこれに関してはずっとわからないままかも。


 その22 魔術師の目的

 歌月ではたしか魔法を目指す事とか言われてた気がするんですが、こっちでは根源を目指すとされてますね。まあ、根源に到達した者が得たもののひとつが魔法なんだから両者はほぼ同義、という事なんでしょうか。


 その23 魔術は有限

 んにゃ、"魔力"は有限と書き間違えたわけじゃないです。確かに世界に満ちている魔力の量は莫大ですが無限ってわけではないでしょう。が、今回書きたいのはその事ではなく。
 橙子さんがどんな魔術も根源から引かれた決められた力であり、使い手が多くなると人数分で分けて使用することになるからその精度が落ちるって言ってた、あれです。

 使い手が増えるだけで精度が落ちるってどういうことか。魔術の精度は魔術師が一度に使用できる魔力の量によって左右されるんじゃないだろうか。それが使い手が増えるだけで減ってしまうというのだろうか。そう最初は疑問に思いました。
 でもそれじゃ変なんで。魔力の話は置いといて、魔術を発動するには他に何か別の要素が必要なのでは、と考えてみました。
 結果思いついたのは人間が持つ魔術回路とはまた別の、世界に内在している世界へ干渉するための回路? みたいなもの。
 魔術回路をこいつに接続し、魔力を流してやる事によって魔術は発動しているのだと考えればつじつまが合うかもしれない。アルバが魔術を行使した時にもそんなような表現がありましたよね、たしか。

 そしてこいつがこなせる作業量の限界値は決まっている。魔術は武器と同じくはじめから性能が決められた力だという説明もありましたっけね。つまり使い手が増えると精度が落ちる、というのはこの回路を共同使用するから、ということなのでは。
 それだけだと誰も他にこの回路を使用していない時に魔術を行使すれば威力は上がるのでは、と考えられそうですが、橙子さんの説明によると使い手が増えた時点で精度が落ちるようなので、イメージ的には回路の特定の領域を各人毎に割り当てているという感じでしょうか。 
 同じ魔術でも魔術師によって威力が違うのはレベルの低い魔術師ではその回路の自身に割り当てられた領域に流してやれる魔力量が少ないという事なんでしょう。
 レベルの高い魔術師は大量の魔力を流しこむ事で、前述の領域での作業量の限界値を叩き出してるという事じゃないでしょうか。


 その24 魔術は有限(2)

 >その回路の自身に割り当てられた領域
 しまった。回路全体でひとつの役割を果たすわけだから、その一部だけ割り当てられても意味がない。
 その回路に流せる魔力量の上限が、作業量の限界値を魔術の使い手の人数分で割った値に自動的に設定され、これ以上の魔力を流しこもうとしても回路が受け付けてくれないと。そういうイメージの方がより正確かな?
 で、レベルの低い魔術師が流しこめる魔力量はその設定された上限にすら達しない。高いレベルの魔術師なら上限ギリギリまで流してやれる、と。


 その25 回路を独占する魔法使い

 魔術師は基本的に自身の研究成果たる魔術を他人に明かさない。そして魔法使いは現代の技術では不可能とする事を可能とする。ならば恐らくひとつの魔法につきその使い手はひとりのみなんでしょう。
 現代の魔術師には新しい魔術系統を作り出す事はできない、と橙子さんが言ってましたが、これは要するに先の回路の話で言えば未だ誰も使用していない回路を見つけ出す、という事なんでしょう。

 という事は、魔法使いはその回路を完全に独占しているという事になる。ならば高レベルの魔術師でも通常は設定された上限を超えられなかったところ、彼等はそれこそ自身の魔力をその魔法をなす回路に限界まで注ぎ込んでやれるという事になるのではないだろうか。
 恐らく既にかなりの数が存在するであろう発火系魔術の使い手のひとりであるアルバですら大規模な炎を発生させる事を可能としている。ならばもし発火系魔術が魔法だった時代ならばその魔法使いは魔力ポテンシャル次第では大きな街ひとつ焼き尽くす事すら…或いはそれ以上の事すらできたかも…?

 私は以前、魔法というのは魔術に対して現在の(魔術の)常識のルールから外れているという点においてのみ優れているのだと考えていました。
 だから、ゼルレッチが朱い月を倒した時も、魔法はただ単に朱い月に致命的な隙を作ってやっただけだったのだろうと考えていました。超能力がその性能自体はたいしたことないように、魔法も威力自体は特筆すべきモノではないのだろうと。
 しかし実際にはそれだけではなかった。注ぎ込めるエネルギーの上限においても大きく上回っていた。そりゃあ朱い月といえど事前の学習が不充分であればゼルレッチに滅ぼされるのも無理ないですわな。アルクェイドが単純に能力では7:3で青子先生に優っているにも関わらず彼女を敵に回すのを避けていたのも頷けますね。


 その26 「  」の本当の意味?

 私は今まで「  」というのは根源の事だと思っていました。確かにそれは間違ってはいないと思います。が、「  」という表現の使われていたところを改めて見直してみるとそれだけだと不充分だと思われる部分がいくつか見られる。読み返してみると根源は「  」と言われてはいるが、「  」が根源とは言われてない…みたいですし。
 で、ふと思ったのですよ。今まで「  」とはどういう意味なのか考えるために、「」で括られた内側にある空白に注目していました。が、それは間違いなのではないか。むしろ"「」"という記号自体がその本質を表しているのではないかって。
 そう考えると色々とつじつまがあうんです。

 …今まで「  」の内側に入る言葉は何か? という方向で考えていたからわからなかったみたいですね。
 「  」という表現を敢えて言葉で表すなら、或いは"「」"自体をどう言葉で表現するなら、という考え方でなければいけなかった、という事でしょうか。
 で、実際どう表現したらいいのか。

 例えば"両儀式"は太極をかたどる円がいわば自分である、と言っていました。太極図というやつについて調べてみましたが、実際あの外側の円が万物の根源たる太極をあらわしているのだそうです。

 つまり、それだけに注目するならば中身は空っぽ。空。
 そして一番外側の、万物を内側に収めている入れ物。殻。
 カラ。

 「  」=空=殻=カラ

 そういう事だったんじゃないでしょうか。
 …しっかしその18でこの事にかすってたのになんでその時気がつかなかったんかなー。
 そもそも作品のタイトルだって「空の境界」じゃん。灯台下暗し?
 とはいえ別に上のようなんが正解、と言いたいわけではなく、あくまで敢えて言葉をあてはめるなら、というやつですね。結局のところ「  」という表現が一番うまくその性質を表しているのではないかと思っています。
 "「」"自体は記号。それ以上でもそれ以下でもない、それ自身は他に特別な意味を持たないモノ。そして全ての基盤となるモノ。根源。太極図における外側の円。それを"「」"という記号になぞらえ、そしてそれ自体に着目すれば中身は空だから"「  」"と。巧いですね。

 つまり、かつての両儀式は「  」たる肉体の内側に、それを根源として生み出された両儀たる式と織とを内包した太極図、世界の縮図を体現した人間だったって事なんじゃないでしょうかね。

 余談ですが、太極図における両儀は相克する螺旋、と称されてましたよね。きのこさんの作品で時々見られる"螺旋の空"という表現は世界を太極図に重ねて意識したものだったのかもしれませんね。


 その27 知っているだけで駄目?

 改めて読み直してみたら、橙子さんの説明だとどうもその魔術の原理を知っている人が増えるだけで精度が落ちるみたいですね。使えなくても良いのか。

 ところで同系統の能力を持つ"魔"の数は魔術の精度云々の話の際にはカウントされるんでしょうかね?
 魔や魔との混血の能力の原理は魔術と同じである事が既に赤い鬼神で明らかにされてる。
 ただ、超能力同様その発動原理を知らなくても使えそうなんで、「知っている者」の条件に当てはまるのかどうかが謎ですが。
 先の「世界に内在している回路」説だと精度が落ちる事になるんですが…そもそももこの仮説は使い手がが増えたら問題を説明する為に無理矢理作ったものですし、裏がありませんからなんとも。

 そういや遠野で外界へ干渉する能力は希少だって四季が言ってたっけ。
 単に外界へ干渉できるだけなら別に脅威にはなりませんやね。秋葉の能力の一番怖いところはその即効性というか、威力である筈。視界に収めるだけで離れた相手をも攻撃できるという特徴は一番ではないと思う。そもそもそれは威力があるという大前提が成り立つからこそ厄介になるわけでしょうから。
 もしこの前提が崩れて略奪に時間がかかったなら、例え離れた相手を攻撃できようと多少のダメージ覚悟で一足で間合いをつめてこられたりしたらおしまいですからね。
 で、それだけの威力があるのは希少な能力=使い手が少ないから、というのが要因の一つとなっている可能性もあるんじゃないか、なんて思ったですよ。どうかなあ。

 橙子さんが「知っている者」の数を例に挙げたのは、単に魔術を行使する為にはその原理を「知っている事」だからであって、魔の能力の場合は知っている必要はない可能性も考えられなくはないかもしれない。
 となると、先の「世界に内在している回路」説で無理矢理に説明すると、人類は先天的に世界に接続する機能を持たないが故に"回路"の使用権をデフォルトでは持っていない。そんな人類が使用権を得る条件が"魔術"であるが、これは使えずともその原理を知るだけで"回路"の使用権を得てしまう。
 魔の能力の場合、これは先天的に世界と繋がった者達の能力であるから原理を知らずとも"回路"の使用権を最初から得ているか…或いは能力に覚醒した瞬間にその権利を得る、といったところでしょうか。


 その28 わざと増やしてみるというのは?

 もし魔の能力も"知っている者"を増やせば威力を落とせるのならば、退魔組織は法術を多くの人間に教えてやれば(使えなくとも原理を知らせるだけで良い)魔の者の力も減らせるのでは…なんて一瞬考えてみたりしましたが、よく考えたらそれは自殺行為ですね。
 そうなったら白兵戦になりそうですが、これじゃそもそも生命として劣っている人類ではますます勝ち目が薄くなってしまう。
 ていうか法術と魔の能力は発動原理が同じなだけで系統としては全く別であるかもしれないので、その場合自分達の術の威力だけを落とすという結果になってしまうか…。
 例えば発火系魔術と冷却系魔術があったとして、前者の原理を知る者が増えてその威力が落ちても後者の威力にはなんら影響がありませんからね。


 その29 使い手がひとりのままであろうと

 魔法はそれが文明の発展に伴い可能な出来事となってしまうと魔術に格下げされる。例えその使い手がひとりのままだろうと、そうなんでしょうね。
 同時に威力も落ちてしまうんでしょう。文明の発展によって、例え時間・資金度外視だろうとソレが可能となった、という事は、それまで不明だったソレの原理が解き明かされたという事ですからね。つまり、"知っている者"が増えた。
 で、そうなると使い手が誰にもその元・魔法な魔術を教えずにいたままであろうと、その原理が知れ渡ってしまったわけだから他の魔術師達がその使い手から学ばずとも独力で身につける事も可能となる。
 もしかしたら現在多くの使い手が存在している魔術の中にはそんなふうにして広まったものも有るのかもしれないですね。


 その30 外から得た力

 さて、魔術師達が魔術を行使する際エネルギーとして利用するのは主に世界に満ちているマナというやつですが。ようはこれ、外側の力であって、自身が体内で生産した力ではありませんやね。その内側の力は世界に満ちてる外側の力とは比べるのも馬鹿らしいくらい差があるそうですから。
 ご存知の通りアルクも通常時の筋力は志貴の方が上とか言ってましたし。よって彼女の運動能力は世界から力を得ているからである筈。
 そう考えると自身の力のみで混血を暗殺してまわってた七夜って改めてとんでもない一族だったんだな、などと思ったりする。



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