歌月トーク(11)


 順番はテケトーです。

 その101 スミレと超能力者の違い

 なんなんだろ、デイリーメッセージによればスミレさんは自然干渉のルールから外れた存在であるが故に、ある意味超能力者と言えるかもしれないんだそうですが。という事は、厳密な意味では超能力者じゃないということになるわけだ。
 つまり「自然干渉のルールから外れる」というモノは、あくまで超能力に関するいくつかの特徴の内のひとつに過ぎない。よってこの特徴だけでなんらかの能力が超能力と定義されるわけではない。

 そういや空の境界によれば式、藤乃はいずれも根源に繋がっていて、世界の縮図を俯瞰する事ができたらしい。恐らく志貴も同様。
 未来視、過去視もゴドーワードの術に近い原理によるのであれば、やはりこちらも同様なのかもしれない。
 七夜の淨眼や、それとはちょっと違うようだが黄理の眼も、人の意識に起因するモノを視ている事になると思う。これも個人の深層意識はおろか阿頼耶識よりも更に深い領域、つまり根源に繋がっていたからこそ視る事ができたのだと解釈できなくもないかも。
 ひょっとしたら超能力の場合、根源に繋がる事によって世界の縮図を俯瞰できるから多くの人間には到底視る事ができないモノを視るに至る。
 故にその事を利用した独自の干渉は既存の世界干渉、自然干渉とは全く異なる手法になる。何故ならそれらは超能力者が視れるモノを視れない人達が作ったものであるし、そして使う事の出来るものであるから。
 つまり、自然干渉から外れるというのは意図的にそうしているというよりは、結果的に、必然的にそうなってしまうと、そういう事なんだろうかね。

 だとすると、スミレは単純にルールから外れているだけで根源に繋がっているわけではないという事なんじゃないだろうか。それが彼女と超能力者の違いで。
 空想具現化は本来精霊等が用いる能力である筈なのに、それを元人間であるところの死徒であるスミレが使っている時点でルールから外れていると。空想具現化を引き起こすに至るまでのプロセスも精霊達とは異なっているのかな?


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