士郎が校舎から
転落死する場合もあるわけ

 ラフレシア・アンブレラエンドについてである。
 聖剣の鞘による治癒効果といえど無制限ではないのだろう。しかし問題の場面ではライダーに校舎の外へ蹴り飛ばされ、地面に転落しても選択肢次第で死ぬ場合と死なない場合がある点が厄介である。

 では、この時の選択がどのような違いをもたらし、結果生死を分けたのか考えてみる。
 違いに関してはすぐにわかる。セイバーを呼んでいるかどうかである。となると自ずと生死をわけた理由として有力となりそうな仮説もすぐに思い浮かぶ。
 同じセイバールートにおける後半部分、教会地下でのやりとりを経て脱出した場面からわかるように、鞘による治癒効果は、本来の持ち主であるセイバーが近くに居れば増す。
 故に問題としている場面において受けたダメージは、それによる死を回避する為にセイバーが傍に居る事による鞘の治癒機能の向上分を必要とするレベルであったのだと考える事が出来ると思う。

 上記を考慮に入れて考えてみると、作中において士郎が酷い怪我をしながら短時間で治癒してしまうケースにおいては須らくセイバーが近くにいた事実(無論、逆ならば大抵セイバーが傍に居ない)に気付くと思う。序盤のバーサーカーからセイバーをかばって致命傷を受けた後などは良い例だろう。

 だが、セイバーが近くに居れば治癒能力が増すのは確実として、その逆のケースでどこまで治癒能力が低下するのかがわからなければ、前述の推測は問題点を残していると言えなくもない。治癒能力の下限次第では士郎が辛うじて転落死せずに済む事もあり得るかも知れないのである。
 教会地下において士郎が受けた傷はランサーのゲイボルクによる物である。治癒を阻害する機能があるゲイボルクによる傷であるが故に、セイバーが近くに居ない場合の鞘の治癒能力がどの程度の物であるかを推測する為の参考にはし難い。

 では他に何か参考になるケースは無いだろうか。そう考えて思い当たったのが凛ルートにおいてライダーとの戦闘後に遠坂邸で傷の手当てを受ける場面。
 ライダーから受けた傷は、この場面における描写からするに他のいくつかの場面と比較して治癒速度が遅いように思われる。
 例えばバーサーカーから受けたダメージからの回復の例に比べれば、随分とのんびりしているように感じられる。
 尤もそれでも常人と比較すれば遥かに優れた治癒能力であると言えるのだが、しかしこの程度の治癒速度で校舎からの転落によるダメージを息絶える前に辛うじて回復させられるだろうか、と考えると……疑問である。

 更にFate/Zero二巻における、アインツベルンの森でアイリスフィールが言峰から受けたダメージに関する件も参考になると思う。以下に文章を引用。

 >セイバーがこの場に駆けつけるまで、アイリスフィールは間違いなく危篤状態だったのだ。それが騎士王の手に触れられただけで、瞬く間に傷が癒着し、失われたスタミナまでもが快復した。まさに宝具と呼ぶに相応しい奇跡である。
 【Fate/Zero二巻 - P246/L1〜L3】


 これらの事が、士郎が校舎から転落した際のダメージを回復させるにはセイバーが近くに居ない場合の治癒能力では足りなかった、という推測の裏付けになるのではないだろうか。


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