魔術回路とは

 この文章は私がTYPE-MOONさんのネタバレ掲示板に投稿した記事を元に再構成したものです。

 魔術回路とはいかなるものか考えてみる。
 おそらく名前からして魔術を発動させるに至るまでにそのエネルギー源たる魔力が循環する経路なのだろう。

 アルクェイドいわく、この魔術回路の代表格が目と言葉らしい。目はともかくとして言葉もそうであるというのならば、魔術回路とは必ずしも人間の体を構成しているものだけを指すのではないと思われる。ちなみ人体を構成している方に関してはその保有量に個人差があるようだ。シエル先輩や初代ロアは保有する魔術回路が特別多い部類に入るものと思われる。
 なお、魔術はそれを使用できるか否かは超能力のように先天的に決まっているわけではなく、誰しも修練をつみさえすれば使えるようになるらしいが、しかしその体に保有する魔術回路の量に関しては別であり、その先天的な違いによって使える魔術の種類、精度や効果が左右されるものと思われる。

 さて、ここで疑問として浮かびそうな事がひとつ。魔術回路として機能している"目"とは魔眼等を指しているものと思われるが、特に魔術的な機能を持たない目は魔術回路と呼べるのだろうか?

 可能性としては

 1:両方とも魔術回路でり、単に魔術回路として機能しているか否かの違いでしかない
 2:魔眼は魔術回路だが普通の目は魔術回路ではない


 の二通りが考えられるだろう。これらのうち、一体どちらが正しいのだろうか。

 この疑問を解決するにあたっての手がかりとなるのはアルクェイドとロアの言葉だろう。
 「目は言葉と並ぶ代表的な魔術回路」であるとアルクェイドは言っていた。
 「シエルは体に持つ魔術回路が多い」とロアは言っていた。
 これらの言葉ふまえて考えてみる。

 1の場合魔術回路とは神経回路のように体全体に張り巡らされているという可能性が考えられる。この場合ロアの言う「魔術回路が多い」とはその回路網の密度が高い、といったところだろうか。
 前述の目の話の場合は魔眼も普通の目も両方とも魔術回路を内在させているが前者はそれを機能させており、後者はさせていないという事になる。

 しかしそう考えると気になるのがアルクェイドの言葉の方。彼女の言葉を素直に解釈するならば、目というパーツそれ自体が魔術回路であるという事になり、目に魔術回路が内在されているとすると矛盾してしまう。
 そもそも魔術回路という、魔術専用のパーツが人体に含まれているという考え方をしてしまうから矛盾が生じるのだろう。そこで人体を構成する各パーツがその本来の役目以外のカタチで機能しているのだと考えてみると矛盾が解消される。
 例えば足というパーツは本来立つ、歩く、走る、跳ぶ、といった目的に使用するものである。これがサッカーにおいてはさらにボールを操る、蹴る、といった目的にも使用されるようになる。
 つまり、元々魔術を行使するという目的のために存在するわけではない体のパーツを魔術に応用しているのだと考えるわけである。

 そうするとロアの言葉の解釈は少し変えねばならない。魔術回路が多い、というが人体を構成するパーツの数は基本的にはどんな人でも変わらないだろう。ここは「魔術回路として機能しない事はないがそのポテンシャルの低いパーツ」を彼は数に入れなかった、と解釈するなら筋は通るかもしれない。よってこの考え方でいくと魔術回路の保有量の先天的な差とは魔術回路としてのポテンシャルが一定レベルに達しているパーツの保有量の差、という事になるだろう。

 さて、上の方の1と2、どちらが正しいかという問題だが、どちらかというとやはり1だと思う。
 サッカーの例で言うならば、誰しもサッカーは学べば出来るようになる。いくら学んでも全くサッカーができないという事は普通ないだろう。学んで「できる」「できない」のデジタルな違いが生じるのではなく、単に技術レベルに差が出るだけであり、程度の差こそあれど学んだ者は皆サッカーが「できる」ようになるのである。魔術回路に関しても同様ではないだろうか。
 2の場合「魔術回路ではない」パーツは魔術回路としてのポテンシャルが完全にゼロであるという事になってしまう。サッカーの例と違い、魔術の世界ではそういう事もあるという可能性も完全には否定出来ないのだが。

 もちろんこれはアルクェイドとロアの言葉を元に魔術回路とはいかなるものかを推察した結果である。そもそも魔術回路に関する情報が月姫本編や資料集には少ない。よって解釈次第で全く違う仮説がでてもおかしくはないだろう。


戻る