士郎がマスターに選ばれた理由

 士郎がマスターとして聖杯に選ばれた理由について推測してみる。
 マスターは大聖杯が選定するわけであるが、恐らくはその際の条件に引っかかる部分が士郎にあったのだろう。条件といえばFate/Zeroにおける以下の部分。

 >「聖杯は……もちろん、より真摯にそれを必要とする者から優先的にマスターを選抜する。その点で筆頭に挙げられるのが、先にも話した通り、我が遠坂を含む始まりの御三家なわけだが」
 【Fate/Zero一巻 - P27/L10〜L12】


 上記からもわかる通り、聖杯を真摯に求めているかどうかが大きいようである。
 しかし、これに関しては該当しない事が作中の士郎の数々の言動から明らかだろう。
 ならばこの条件が無関係であるのかというと……もしかしたらそういうわけでもないかもしれない。そう考えた理由に関しては後述する事にして、ここではひとまず置いておく。

 上記の条件に該当しないのだとすると、イレギュラーだったのだろうか。Fate/Zero一巻の先に引用した文のすぐ後には以下のような記述もある。

 >「では全てのマスターに、聖杯を望む理由があると?」
 >「そうとも限らない。聖杯は出現のために七人のマスターを要求する。現界が近づいてもなお人数が揃わなければ、本来は選ばれないようなイレギュラーな人物が令呪を宿すこともある。そういう例は過去にもあったらしいが――ああ、成る程」

 【Fate/Zero一巻 - P27/L13〜L16】


 確かに士郎は最も遅くマスターに選ばれているわけであるし、言峰ならば予備の魔術師など容易く手配できるであろうという凛の推測もある。仮にこの推測が間違いであったとしても、言峰自身の言から予備の魔術師を手配できる事自体は可能である可能性が高い。
 つまりマスター足る人物がなかなか揃わない場合、間に合わせ程度の人物でもマスターとして選ばれうる。士郎のように聖杯を欲してなどおらず、それどころかそもそも聖杯戦争自体を知らなかった人物が選ばれる事も、決してありえない話ではないのだろう。現に、第四次聖杯戦争における龍之介という前例が存在する。

 だがイレギュラーであるにしても、大聖杯が全く理由もなく士郎を選んだという事はいくらなんでもあるまい。では理由が存在したとして、それは一体どのようなものだったのだろうか。


 個人的に最初に取り上げたFate/Zeroの記述と、Fate/stay nightにおけるいくつかの描写を絡めて考え付いた仮説がひとつある。

 士郎は聖杯をどう思っているか。
 無関心であるかのようにも描かれているが、そうでもなさそうだと取れる描写も存在する。
 凛ルートにおける、十年前の火災の原因を作った聖杯を憎んでいるのではないかというキャスターの指摘に対し、思いのほか動揺していた場面である。
 本当に全く憎んでいないのであれば、あのような反応はしないのではないかと思うのだ。もしかしたら士郎はキャスターの指摘通り、少なからず聖杯を憎悪していたのではないだろうか。
 そう仮定すると同じく士郎を動揺させた、言峰からの「敵が出来て良かったな」という意味合いの言動が思い出される。

 このように考えを巡らせていると思い出されたのが「反英雄」の定義である。

 > 人々に憎悪される事、その悪行が結果として人々を救う事、悪を以って善を明確にするモノ。
 > 呪われる対象でありながら、奉られる事になった救世主。それが反英雄である。

 【Fate用語辞典(公式)- 「反英雄」より抜粋】


 この反英雄の定義にあるような考え方を頭に置いた状態で、今一度士郎と聖杯の関係について見直してみる。

 士郎は聖杯を欲してはいない。
 だが倒すべき敵は欲している(とも解釈できる)。
 十年前の火災の原因となった聖杯は、士郎にとって憎悪の対象である(かもしれない)。

  →士郎にとって聖杯は、憎悪すべき敵として欲する存在の条件に該当する……?

 故に歪ではあるが士郎もまた「聖杯を求めている」人物である事には違いがない、と大聖杯は解釈したという事はないだろうか。
 最初に述べた「条件」が無関係ではないかもしれないと考えた理由がこれである。


 そう考えると気になってくるのが、第三次聖杯戦争時にアンリマユによって大聖杯が汚染されて以降、反英雄までもが召喚されるようになった事。
 この件について考えた際にふと思った事がある。アンリマユによる汚染がシステムに及ぼした影響は、サーヴァント召喚に関する事柄に対してのみに止まっていたのだろうか?
 大聖杯は聖杯戦争のシステムそのものを司っている。聖杯戦争において大聖杯が行う作業はサーヴァント召喚に限らない。既に述べている通りマスターの選定も行う。
 ならば汚染によって召喚対象の範囲が反英雄にまで拡大されたように、マスター選定にも反英雄的な要素が加わるようにはなっていないだろうか?

 最初にFate/Zeroから文章を引用して考えた際に、士郎はマスターとしては該当しないだろうと結論したが、これは事実上汚染される前のシステム上での話であると思われる。
 実は上記の推測通り、マスター選定にまでアンリマユによる汚染の影響が及んでいたのであれば、通常は選ばれない筈の士郎が選ばれるという事もありえるのではないかという考えである。
 裏付けはない。ただ大聖杯の仕事はいくつもあるのに、都合よく汚染の影響を受けたのは召喚対象とされるサーヴァントの範囲設定のみであった、というのも不自然ではないかと個人的に思っただけの事でしかないのだが。


 ともあれこの推測通りであったとすると、士郎は聖杯汚染というイレギュラーが生んだ、これまたイレギュラー的なマスターであったとも考えられるかもしれない。
 そして反英雄となる可能性をはらむ男が、反英雄に汚染された聖杯を反英雄として欲したという構図が浮かび上がってくる。
 また、どのシナリオでも士郎は聖杯を破壊する方向へ動いている点も興味深い。
 この点から反英雄アンリマユによって汚染された聖杯は、反英雄らしく多くの人間に憎悪され、打倒されるべき対象としてあり、どのシナリオにおいても最終的に打ち倒される事によって結果的に衛宮士郎の望みをかなえた、という解釈もできるかもしれない。
 無論曲解だといわれれば否定は出来ないかもしれないのだが。


 なお、今回書いた仮説は聖杯が士郎にとって反英雄的な位置づけであったという仮定と、大聖杯が汚染によって受けた影響はマスター選定に関してまでも及んでいたという仮定の上に成り立っている。これらには裏付ける事柄は存在しないと言っても良い。
 無論このサイトに掲載してある考察の全てが、公式な回答が得られない限り多かれ少なかれこのような要素ははらんでいると言わざるを得ないのだが、今回は特にその傾向が強いといえるだろう。
 ともかくあくまで私個人の主観によると、両者の関係性からそのような構図が浮かび上がるように思えただけであり、作中において実際にそのように意図している事を暗示するかのような記述は、少なくとも現段階で私が思い出せる範囲では特に見当たらないと言わざるを得ない。こういった「解釈」は我ながら面白いのではないかと思いはするのだが。


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