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暗き島を護る者(前編)



   ***
「海竜だって!?」
「ああ、どうもそうらしいんだ」
 ここは、メリビアのラムス商店。その中で、ヒイロとラムスは話し合っていた。
「それを見た人の話によると、その海竜はここから南西の方角に行ったところにある、少し奇妙な島の周辺に出るらしいんだ」
 ラムスは落ち着いたもので、お茶などをすすりながら答えている。そのお茶は、決して安いという訳ではないが、そこまで高くもない。しかしながら、味の方は中々である。
 ヒイロはそれとは逆に、少し興奮気味だった。自分の知らない事に対する好奇心、と言ったところだろうか。メリビアに立ち寄ったついでにラムスの店を訪ねると、彼の口から『海竜が出る』という事を聞かされたのだ。
 ヒイロの性格を考えれば、気持ちを押さえろという方が無理かもしれない。
「その島の周辺はね、常に天候が荒れていて、島の周りを渦が巻いているらしい。だから、誰も島には入ったことはないらしいんだ」
「? そんな所になぜ人が行ったんだい?」
 ヒイロが疑問をぶつける。もっともと言えばもっともとも言えるその疑問に、ラムスが答える。
「その島に何かあると思ったんだろうね。人の欲っていうのは限りがないから。誰も入ったことのない島ともなれば、誰だって行ってみたくなると思うけどね。ねえヒイロ?」
 そこで一旦お茶をすすると、先を続ける。
「ともかく、それで彼らは十日ほど前にその島に向かったんだ。もちろん、渦の事を考えて、かなり丈夫な船を作ったらしい。その船で、渦に巻かれながらもなんとか島に近づこうとはしたけど、やっぱりダメだったらしい。幸い渦に飲み込まれる事はなかったものの、進むのは無理だからと言うんで、引き返そうという事になったんだ。その時に帰れば良かったんだろうけど、ひょっとしたら渦の弱い所があるんじゃないかなという事を考えて、島を一周しようとしたんだ。それで、船を島の裏側に回したとき――」
 今度はお茶を一息に飲み、湯のみをテーブルに置くと、ラムスは言った。
「出たんだよ、海竜が。最初は違う島かと思ったらしい。街一つもある大きな塊がそこに居た訳だからね。ただ、よく見れば動いていて――それは船に向かってきたんだよ」
「……それで、その船はどうなったんだい?」
「一瞬だったらしい。竜の尻尾らしきものが飛んできて、島の周りの激流にも耐えたその船が、一瞬で破壊されたんだ。ただ、船に乗っていた一人の魔法使いのおかげで、乗組員は全員無事だったんだ。竜が船に向かってきた時点で、彼らを全員避難させたらしい。まあ、良い判断だったよ、それは。もう少し遅れていれば、乗組員全員が木っ端微塵だったろうからね」
 そう言い終わると、慣れた仕草で自分の湯のみにお茶を入れる。そしてまた、ズズーッとお茶をすする。
「ふうん……スゴイね、その魔法使いって……」
 ヒイロが感心したように呟いている。
 船を一撃で粉砕した竜にもすごいものがあるが、その条件下で脱出した魔法使いというのもすごい。恐らく、転移魔法でも使ったのだろう。激しく揺れる船の中で、そこまでの集中力を発揮するのは並大抵の事ではない。
「ねえラムス、その魔法使いが今どこにいるか知ってるのかい?」
「知ってるよ」
 ヒイロの問い掛けに、なんともあっさりとラムスは答えた。
「本当かい? で、今その人はどこにいるんだい?」
「聞いてどうするのさ?」
「会いに行く。その竜の話を、もう少し詳しく聞いてみたいんだ」
 ヒイロの眼は、もうすっかり冒険者のそれである。特に隠す理由もないので、ラムスはやけに簡単にその魔法使いの正体を教えた。
「レミーナだよ」
「……へ?」
 ヒイロが間の抜けた声をあげる。
「だからレミーナだって。実はね、『おたからだして一攫千金!』とか言って、彼女もその船に同行したんだよ。まあ、あくまで彼女は『ついて行った』という形だけどね。乗組員達にとっては、それが吉と出ただろうけど」
 再びお茶をすするラムスを見ながら、ヒイロは溜息をついた。
「お金にはもう困ってないハズなのに……レミーナ、キミって奴は……」
「性分なんだろうね、きっと」
 ラムスのその言葉に、ヒイロはまた溜息をついた。とはいえ、彼女のおかげで船に乗っていた他の人達が助かったのだから、特に責める理由はない。
「じゃ、僕はレミーナに会って来るよ。その竜が一体何なのか、ちょっと興味があるしね」
「ちょっとじゃなくて、かなり興味があるんじゃないのかい?」
 ラムスの指摘に、それもそうだね、と答えると、ヒイロは店を出ていった。
 後に残ったラムスは、手に持った湯のみを眺めながら呟いた。
「危ない事にならなければいいけど……」
 それは、ヒイロに言ったのか、それとも――。
 
   ***
 ヴェーン。遥かな昔から存在するその町は、相当なる歴史と伝統を誇っている。あまりに歴史と伝統があり過ぎて、建物などはかなり年季が入っている。俗に、ボロいとも言う。が、最近は、現魔法ギルド当主レミーナ・オーサの涙ぐましい努力によって、取り敢えず雨漏りのする建物はなくなったらしい。
 ともかく、そのヴェーンに、ヒイロとルーシアは来ていた。
「レミーナ、いるのかな……」
 町に入るなり、呟く。彼女は結構せわしないので、下手をすれば見つける事が困難なのだ。そういう時は、えてして儲け話のある所にいたりするのだが。
「大丈夫よ、ヒイロ。このヴェーンの中に、彼女の魔力を感じるから……」
「え? そうなのかい?」
「ええ。彼女の魔力は感じやすいから」
 ヒイロは驚いた。はっきりいって、自分ではそういう事はサッパリ感じ取れない。魔法の事に関してのルーシアは、やはりスゴイと思う。魔法力の大きさではなく、その使い方を知っているのだ、彼女は。さすがに、それにはレミーナも一歩譲らなくてはならないのではないかと思う。
「多分、ギルドに行けばいると思うのだけど……」
 おおよその場所は判るものの、そこまで正確という訳にもいかないらしい。今の彼女に判るのは、『ヴェーン内にレミーナがいる』という事くらいである。
「じゃあ、とりあえずギルドに行ってみようか?」
「ええ、そうね」
 二人はそう言うと、ギルドに向かって歩いていった。

  「あら、こんにちはヒイロさん、ルーシアさん。今日は何か御用ですか?」
 ギルドに行くと、ミリアが出てきてそう言った。
 相変わらず静かに微笑みながら、のほほんとしている。平和だ。
「ちょっとレミーナに会いにきたのですが……いるでしょうか?」
 ミリアと話すとき、ヒイロは敬語になる。どうも、彼女の雰囲気がそうさせるらしい。
「ええ、確か先ほど『図書館に行ってくる』といって出て行きましたよ? その前は書斎にいたのだけれど……」
「そうですか。では、僕は図書館に行ってみますので……」
 そう言ってヒイロは立ち去ろうとしたが、ミリアに呼びとめられて振り向いた。
「まあまあ、そんなに急がずに。レミーナもじき帰ってくるでしょうから、中で待ってはいかがですか? 美味しいお茶が手に入りましたのよ?」
 よく考えれば、図書館に行ったという事は何か用事があるという事。そこに押しかけて邪魔をするのは良くない。ヒイロは待つ事にした。
「それでは、ご馳走になります」
「美味しい……お茶? どんな味がするのかしら?」
 ルーシアにとって、美味しいお茶というのは想像がつかないのかもしれない。

  「ふぇ? ヒイロ?」
 レミーナが、間の抜けた声をあげた。ヒイロとルーシアとミリアの三人が、目の前でお茶会を開いている。ティーカップを片手に、和気あいあいとトークをしていた。
「……何してるの?」
 見れば判るのだが、聞かずにはいられなかったのだろう。
 ルーシアとミリアが、絶妙なトークを繰り広げているのだ。ヒイロはその間で、困ったような表情を浮かべている。
 と、ヒイロがレミーナに気付いて、声をかける。
「やあ、レミーナ。久しぶりだね」
「う〜ん……久しぶりなのはいいんだけど、どうしたの急に?」
「実はね、海竜のことで……」
 ヒイロがそう言うと、レミーナの顔がパッと真剣なものになる。
「……書斎で話しましょうか?」
「え? う、うん、わかったよ」
 そのレミーナの様子に、ヒイロは何かただならぬものを感じた。
 ルーシアとミリアに『書斎に行く』と告げると、二人は部屋を出ていった。
 書斎は部屋二つ向こうなだけである。そんなに距離はない。
 部屋に入って、ヒイロは驚いた。ほとんどの本が棚からなくなっていて、そこら中に散らばっている。片付けるのが面倒くさかったのか、あとで片付けようと思ったのか……多分後者だろうと思って、ヒイロは椅子に座った。机の上にも大きい本が乗っている。
「で、レミーナ。まず最初に、何であの島に行こうと思ったんだい?」
 レミーナが湯のみを持って椅子に座ったところを見計らって、ヒイロが問い掛ける。
「そりゃあもお、前人未到の地には、お宝っていうのが相場でしょ? だいたいね、誰も入ったことのない島なんて、ちょっと行ってみたくなるじゃない?」
「……ラムスも言ってたな……」
 横を見やりながらヒイロが呟く。ちょっと苦笑い。
「? どしたのヒイロ?」
「ん? あ、いや、何でもない。で、お宝はいいとして、海竜が出たっていうのは本当?」
 その言葉に、少しレミーナはうつむいた。
「……ええ。竜って言っても、四竜みたいな感じじゃなくて、どっちかというと蛇みたいな感じだったわ。それで、かなり大きいの。船に乗ってる人達は、それを見たときに転移魔法で真っ先に逃がしたの。あたしは少し応戦してみようと思ってね……」
 そこまで言うと、顔を上げて首を左右に振った。
「効かなかったわ、何も。炎も、冷気も、風も。雷でさえ表面を流れるだけだった。その時には目の前までそいつが来てたからね、とりあえず脱出しようとしたの。そしたら、その時尻尾……みたいなものが飛んできて、船を直撃。あたしも宙に吹っ飛ばされたわ。その時見たの。あれだけ頑丈に作っていた船が、たったの一撃で木っ端微塵になっていたのよ。それに驚いてたら、今度はあたしめがけてさっきのが飛んできて……でもその時は呪文は完成してたからね。逃げたの。転移魔法で。さすがにアレはヤバかったわぁ……」
 そこまで喋ると、ふう、とため息をついて、レミーナはお茶をすすった。
 あっけらかんとはしているが、自分の魔法が効かなかったというのは結構なショックなのだろう。少し身体が震えている。
「なるほど……レミーナの魔法が効かないなんて、普通じゃないな。でも、その海竜はそこに行かなければ害を加えないんだろう? なら、とりあえず近づかなければ大丈夫じゃないのかい?」
「保証はないわ。アレから漂う凶々しい気配は、普通じゃないもの。近づいてきた時に攻撃したのも、そう感じたから。ひょっとしたら、あたし達はとんでもないものを見つけちゃったのかもね……」
 嘆息混じりに喋るレミーナを見て、ヒイロは少し考えた。
「……その海竜とか、その島に関しての資料は何かないのかい?」
「ないわ。書斎の本も、図書館の本も見てみたけど、それらしき資料は何もなかったの」
 お手上げとばかりに肩をすくめる。
「ただ、その島はね、以前にはなかったのよ?」
「え? どういうことだい?」
 レミーナの言ったことがよく判らずに、ヒイロが聞き返す。
「以前はその島自体が存在していなかったし、存在が確認された後でも、その島の位置が変わっているのよ。つまり、誰かが船のような島か、島のような船を作ったという事ね」
「そんなことが可能なのかい?」
「ヴェーンを空に飛ばしたりする技術があるくらいだから、海を渡る島を作る事なんて、決して不可能じゃないわ。ただ、それにはものすごい魔法力か、それに代わる力がいると思うのだけど……」
 二人とも腕を組んで考えこむ。
「……その島の事じゃないけどね、昔にも移動する島があったらしいの。詳しくは判らないけど、ルナ全域を回っていたとか……」
 突然、レミーナが言った。
「ほら、ヒイロの目の前の本に載ってるわ」
 そういわれてみると、机の上の大きい本に小さい本が挟まっている。手近な物をしおりに代用したのだろう。ヒイロは、その本の挟んであるページを開いた。かなり傷んでいるらしく、読める部分はあまりない。
 そのページの中心に丸い島が描かれており、その上に『イェン』という文字が書かれていた。その下に、長かったと思われる文章がある。長かったと思われるというのは、途中からほとんど傷んでいて読めないのだ。
「なになに……」
 そう言って、ヒイロはその文章に目を通した。
『一年かけてルナを回る島。この島の中では、魔法の才能を見出された者が、学園生活を送っている。その中でも優秀な者達は、卒業後に魔法使いの総本山・ヴェーンへ行くことが認められている。ルナ全域に渡って移動するこの島の学園は、自由な校風で知られているが、それは個人の責任を示すものであって……』
 地域紹介のような文である。そこから先は文字が見えない。
「う〜ん……これといって手掛かりになるものはないみたいだね……」
 パタンと本を閉じながらヒイロが言った。結局、あまり参考にはならなかったが、そういった島が存在出来るということだけは確認できた。
「で、レミーナはどうするつもりなんだい?」
 ヒイロが問い掛ける。
「そりゃあもちろん諦めないわよ。絶対あの島に行ってお宝見つけてくるんだから。その前にあの竜を何とかしないといけないけどね、でもそれだけスゴイおたからがあるってことじゃない?」
 要するに、まだおたからなるものがあると思っているらしい。彼女にしてみれば、海竜は差し詰め宝の番人といったところか。
「ということでぇ、ヒイロも手伝ってね?」
「え? あ、いやその……僕は……」
「なによお、ヒイロだって興味あるでしょ? 突如出没した謎の島! その周りにのみ荒れ狂う嵐! 未だ誰も到達したことのない大地! その島を護る謎の竜!」
 拳を握って力説してくるレミーナに、ヒイロはポツリと呟いた。
「……そして眠るおたから……」
「そぉゆうこと♪」
 悪びれる様子もなく、あっけらかんと言ってくる。ヒイロは少しめまいを覚えた。
 とはいえ、自分もその島には興味がある。
「わかったよ……僕も興味あるしね……。でも、その島は少し危険だな……海竜も気になるし。レオに言って、バルガンでも引っ張って来てもらおうか?」
「あ、それいいわね。じゃ、ちょっとレオを探してこなくちゃ……」
「その必要はない」
 レミーナが椅子から立ち上がろうとした時、突如ドアの向こうから声がした。
  「あれ? レオ? どうしてここに?」
 声と同時に部屋に入って来た人物を見るなり、レミーナは驚きの声をあげた。
 赤いマントをはためかせ(室内なのに)、いかにも威風堂々としている男……そう、元アルテナ神団四英雄・白の騎士レオである。だが、今は正義を成さんと日夜奮闘する、ちょっとお茶目なナイスガイ・レオである。本人が言うのだから間違いない。
 ともかく、そのレオが目の前にいた。今しがた探しに行こうかと思っていたレミーナにしてみれば、中々ナイスなタイミングである。
 椅子に座ったところで、レミーナはレオに話し掛けた。
「ちょうどよかったあ。ね、レオ、ちょっとバルガンを貸して欲しいんだけど……」
「わかっている。行き先はあの島だろう? 私も少し用事があってな……」
「え? レオも? でも、おたからはあたしのモノよ?」
 その言葉に、レオの隣りでヒイロが苦笑いしている。  レオも苦笑するかと思いきや、いつになく真面目な口調でレオが言った。
「レミーナ、実はそんな呑気な事を言っている場合ではなくなった。早急に手を打たなければ、大変な事になる」
 レオは真剣だ。冗談を言っている顔ではない。もっとも、レオは冗談でこういう事を言うヤツではない。
「一体どういうことだい?」
「島が動き出した。今までよりも速いスピードでだ」
 ヒイロの問い掛けに、レオが答える。
「進路は一直線にメリビアに向かっている。このまま行けば、恐らく十日経たないうちにメリビアと衝突するだろう。衝突程度で済めばよいが、あの島の周りは常に嵐だ。そして、レミーナのいう海竜とやらの存在もある。そこから生じる二次災害は、街を壊滅に追いやるやもしれん……」
 お茶をすすりながらその話を聞いていたレミーナは、湯のみをテーブルに置くと、レオに向かって聞いた。
「それってもしかして……メチャクチャヤバくない?」
「うむ。だからこうして島の事について調べに来たのだが……どうやら、あまり手掛かりになるものは無かったらしいな。立ち聞きしていてすまない」
 いいタイミングで入って来たのには、それなりの訳があるらしい。
 そんなことはともかく、メリビアにその島が当たるのは確かにマズイ。ラムス商店が潰れてしまっては、ラムスとの約束がパアになる。絶対に残しておかないといけない。
「だが、島の速さが変わるという事は、誰かが意図的に操作しているのかもしれん。とはいえ、ここでいくら考えようともそれが解かる筈もない。私はあの島に行ってみようと思う。ヒイロ、レミーナ、すまないが手伝ってはくれないか?」
「もちろんだよレオ。それに、ちょうど僕も行こうと思ってたしね」
「そうね……うん、わかった。協力してあげる。その代わり、おたからを見つけたらそれはあたしのモノよ?」
 言わなくても恐らく大丈夫だとは思う。しかし、一応確認はしておくもの。
「そんなものがあったら、な。ともかく、あの島をどうにかする事が先決だ」
 絶対見つけてやる!と、心に誓うレミーナであった。

   ***
「バルガン発進!!」
 レオの声が海に響く。空は晴れ、波は穏やかだ。中々の船出日和である。もっとも、竜汽船バルガンを以ってすれば、いかに天候がひどくとも、そう簡単には影響を受けないだろう。
「ではヒイロ、その動く島というのはどこにあるのですか?」
「あれ? ルーシアには言ってなかったっけ? ここから南西の方にあるらしいんだけど……はは、詳しくは僕もよく知らないんだ」
 甲板に出て、ヒイロとルーシアが話をしている。
「ねえレオ! その島まではどれくらいかかるかわかってるのかい!」
 へさきの方で海を見つめているレオに、ヒイロは叫んだ。レオは腕を組み、片足を少し高い段に乗せるようにして、海を眺めている。バランスを崩せば、海にまっさかさまだろう。
「ああ……このバルガンならば、半日はかからないはずだ」
 静かに言ってくるが、声はよく聞こえる。
「だってさ、ルーシア。まあ、海でも眺めながらのんびり待とうよ」
「…………」
 隣を振り向いてみると、ルーシアは何か難しい顔をして黙っていた。ヒイロの言った事に気付いていないらしく、前方の空間を見つめたまま何か考えている。
「ルーシア? どうしたんだい?」
 ヒイロの呼びかけに、ハッとしてルーシアは振り向いた。
「ご、ごめんなさいヒイロ……少し考え事をしていたものだから……」
「大丈夫かい? でも、考え事って?」
「ええ……私の思い過ごしならいいのだけど、その島には何かあるような気がして……」
 ルーシアが心配そうに言う。ただの勘というヤツかもしれないが、ルーシアの感性は、そこら辺の二流占い師よりは遥かにあてになる。
 大丈夫だよ、とヒイロが言おうとした時、その後ろから割り込むように声が入った。
「当たり前でしょ? あたしのおたからがあるんだから。ルーシアも頑張って探してね☆」
「レミーナ? ……ふふ、そうね。頑張りましょうね」
 どうも論点がズレているような気がする。しかしまあ、やはり疑問は直接島に行ってみないと解決されないだろう。話題は明るい方がいい。
「ね、時間あるから中でトランプでもしない?」
 レミーナが言う。ということで、ヒイロ達三人は船室に入っていった。
「ふむ、まだ海に変化はない、か……」
 中に入る途中、後ろでレオが呟いていた。
  「力を感じる……」
 何となく大富豪などをしていた時、ルーシアが呟いた。手にカードを持ったまま喋るその姿は、見ようによっては占い師に見えるかもしれない。
「あれ? どしたのルーシア?」
「この近くに、大きな力を感じるの。レミーナ、集中してみて。あなたにもわかるはずよ」
 言われるままに、レミーナは目を閉じて精神を集中させてみる。
「…………! これは!!」
 とてつもなく大きな力を感じた。そして、果てしなく凶々しい。十日前に感じた気配と同じだ。レミーナは体を震わせた。
「……外に出てみよう!」
 ヒイロの言葉で、三人は甲板に出た。
 すでに天候は荒れていて、海上では波がうねっている。前方に、黒い点がポツリと見えた。恐らく、あの島だろうとレミーナは思う。
「レオ! あの島よ!! 渦があると思うから気をつけて!」
「わかった!」
 レオが叫び返す。舵を取りながら、前方に映る点を喰い入るように見ている。
「直接行くぞ!! 魔法壁展開!」
 その言葉によって、バルガンの周囲に半透明の障壁が展開される。これで、かなりの衝撃には耐えられるはずだ。もっとも、あの海竜が出てきたときにはどこまで通じるかわからないが……。
 船は進む。速い速い。さすがに、白竜の加護を受けているだけはある。先ほど見えていた黒い点が、みるまに接近してくる。――が、
「いくらなんでも速すぎるわよッ!?」
 レミーナは叫んだ。そう、異常なまでに島に近づくのが速い。レオから、島は速くなっているとは聞いた。しかしこの速さは……、
(……違うッ!! 島じゃないッ!!)
 体の震えがそれを伝えていた。一度それと対峙したことのあるレミーナには、すぐにわかった。
(………海竜ッ!!!)
 十日前の戦慄がよみがえる。しかし、ここで冷静さを欠いてはいけない。アレに衝突しては、いかにバルガンとてただではすまないだろう。
「レオ! 左にかわして! アレは島じゃなくて海竜よッ!!」
「なんだと!? ……わかった!!」
 言葉に答えると同時に、レオは舵を切った。
「キャッ!!」
「うわっ!?」
「うわッとッとッと……」
 ヒイロとルーシアが甲板を転げる。ちゃっかり自分だけは手すりを握っているレミーナだけは、何とか持ちこたえている。
 顔を上げると、今しがたバルガンがいた所を、大きな黒い塊が通り過ぎて行った。それも、かなりの速さで。もしあのまままっすぐ進んでいたら……? 考えただけでもぞっとする。
 更に先に、もう一つ黒い点が見えた。恐らく、あちらが島なのだろう。ただ、海竜を無視してあの島に突き進むのは、かなり無謀なことと言えた。
「……倒すしかないわね……」
 レミーナは呟く。それがもっとも安全に島に渡る手段だろう。問題は、どうやって倒すかだ。魔法は全般的に効かなかった。海上なので、ヒイロ達に剣技で対抗させるのもどうかと思う。
 つまり、とうとうこの『竜汽船バルガン』の出番だ。
「レオ! 白竜砲は撃てるのッ!?」
「ああ! 撃つ準備はいつでもOKだ!!」
 となると、後はどうおびき寄せるかだ。
 しかしどうやら、その必要は無くなったようだ。今、海竜は方向を転換してこちらに向かってきている。真正面から方向を変えるでもなく、だ。狙いはいい感じだろう。
「レオ、お願い!!」
「了解! 集え、白竜の力よ!! 白竜砲、てぇーーーーッ!!!」
 レオの叫びとともに、大気から収束した光のエネルギーが、一直線に海竜めがけて飛んでいく。
 ズウウウゥゥゥゥゥゥゥン!!!
 地響き――と言っても海上だが――なるものをあげ、その光は海竜を直撃した。その周りから、激しい煙が立ち昇る
 竜汽船バルガン最終兵器、『白竜砲』である。白竜の力を元に、周りの大気からの魔法力を集め、凝縮して一気に放つ。最大威力でその力を放てば、街一つ消す事ぐらいわけないだろう。
 それの直撃をくらったのだ。まず、ただでは済まないはずだ。が、
「魔法壁、前方部に集中! ……みんな、衝撃に備えて!」
 突如、ルーシアの叫び声がした。それと共に、バルガンの魔法壁が前方に集中されていく。突然ではあったが、それぞれその言葉に反応し、手近な物をつかむ。
 同時に、激しい衝撃が船を襲った。海に投げ出されまいと、必至に踏ん張る。
 その揺れの中、レミーナは白竜砲を撃った方向、即ち海竜のほうを見つめた。レオとヒイロも、そちらを見ていたようだ。
 海竜は、そこにいた。相変わらず長い、と思う。どうやら、さっきの衝撃はアレの尻尾が飛んできたものらしい。ただ、その様子を見てレミーナ達は叫ばずにはいられなかった。
「なっ……!」
「白竜砲が……」
「効かないだとぉ!?」
 そう、海竜には目立った傷が見えなかった。ただ、レミーナは少し引っかかるものを感じていた。白竜砲の直撃を受けたあの海竜は、飛ばされもせずに攻撃を仕掛けてきたのだ。それが効かなかったにしろ、足止めくらいにはなるはずなのに……
「くそッ! バルガン急速旋回! 最大船速で、この海域を離脱する!!」
 レミーナの考えは、レオの叫びによって中断された。
 その声とともに、バルガンはほとんどその場で回転するような形で旋回すると、今までのスピードが遅く思えるくらいの速さで走り始めた。船の内部機関が悲鳴を上げている。
「ちょっとレオ! 逃げるの!?」
「戦略的撤退だ! 逃げるのではない!!」
 レオが言っているのは結局逃げるという事なのだが、よく考えればそれは当然の判断だ。白竜砲が効かないとあっては、あの竜に勝つすべはない。
「レミーナ、ルーシア、ヒイロ! 後方は頼む!」
 レオがそう言った直後、海竜が後ろから火を吐いた。高速で走るバルガンに追いつくほどの炎の勢いだ。
「くッ……風よ!」
 ヒイロが風の障壁を作り出す。炎はそこで一旦せき止められ、行き場を求めて横に流れだす。バルガンを包みこむように、炎の壁が迫ってきた。
「アルテナの光よ!」
 光の魔法によって、ルーシアがその炎を押し返す。
「ッたく、海に住んでるくせに炎なんて吐くんじゃないわよッ!!!」
 レミーナが氷の魔法を使い、ルーシアによって1ヶ所にまとめられた炎を打ち消した。
 次の攻撃に備えて、3人は身構えた。しかし、もう海竜も炎も見えない。
 どうやら、海竜はそれ以上は追ってこないようだ。追っても無駄だと思ったのか、それともそこから離れられないのか……どちらにしろ、危機は去ったようだ。
 バルガンはスピードを緩め、取り敢えず帰路についた。

 メリビアまでの間、船の中は黙ったままだった。
「一旦戻って、作戦を考えなくちゃね……」
 メリビアの街が見え始めた頃、レミーナは独り呟いた。だが今の所、レミーナにはあの竜を倒す方法は思いつかない。なにせ、白竜砲が効かないのだ。もう、おたからがどうとか言っている場合でもなくなった。アレが世界中を渡ったら、破滅だ。
(作戦、ね……何かいい方法は……)
 だが結局、いい案も浮かばぬまま、自分たちはメリビアに帰ってきた。
 十日後にはあの海竜がこのメリビアの街にまで来るのだろう。街の人を避難させた所で、問題は解決しない。やはり、アレをどうにかする必要がある。
「……海竜、ね……」
 何となく呟く。それが一体何処から来たのか、あの島は一体何なのか……気になることはたくさんあるが、一人で考えていても始まらない。
(ああもう! 今日はヤメヤメ!!)
 レミーナは考えるのをやめにした。疲れている状態でものを考えても、いい案は浮かばないと思ったからだ。
 ふと甲板から見下ろすと、メリビアの街がそこに広がっていた。この街を守る為に、自分は戦っているのだろうか? まあ、成り行き上そうなるのだろう。
「ギルドの当主も楽じゃないわねえ〜……」
 と、漏らしてみる。ま、こういうのもいいかもしれない。
 ただ、やはり彼女の心には海竜の存在が重くのしかかる。恐らく、ヒイロ達もそうなのだろうと思う。
 アレがこの街に来るまで、十日を要さないのだから……


(つづく)








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