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込められし想い

 歴史と伝統ある魔法都市ヴェーン。
 その中心にある魔法ギルドには、代々受け継がれし家宝があった。
 それは、歴代のギルド当主達が愛用してきたという曰くつきの逸品で、その価値は計り知れない。魔法ギルド当主と、その者に認められた者しか使えないと言われている。
 それの力は、それの所有者に無限の魔力の加護を与えるという……
 かつて、ドラゴンマスター・アレスと共に、魔法皇帝ガレオンと死闘を演じた、五英雄と呼ばれる者達がいた。その内の一人、ヴェーン魔法ギルド当主 ミア・オーサの手によってそれは創られたと伝えられている。
 そう、その家宝の名は……『ゴンちゃん人形』……
 それは遥かな昔の事――


    *****   
チクチクチクチクチクチクチクチクチクチク……
『"おしごと"中につき、用事のある方は"必ず"ノックをして下さい』
 ドアに、そう書かれた札がぶら下がっている。そのドアの向こうの部屋で、ミアは"おしごと"なるものをしていた。
 チクチクチクチクチクチクチクチクチクチク……
 縫っている。
「…………」
 黙ったまま、真剣な表情で作業を進めている。
 外では雪が落ちていて、少し薄暗い。しかし、暖炉の火が明々と部屋の中を照らし出しているので、彼女の"おしごと"なるものの妨げにはならないようだ。部屋の隅にまで光が届いているのは、何かの魔法力が働いているのだろう。
 アミアミアミアミアミアミアミアミアミアミ……
 編んでいる。決してダジャレなどではない。多分。
 彼女が手に持つ"それ"は、現時点では何なのか判断する事は出来なかった。しかし、その様子や、作業している手つきから察するに、かなり気合の入った物ができるようだ。
 少し、作業する手を止めて、ちょっと一息。
 と、その時、ドアをノックする音がした。三回ほどノックの音がした後、ドアの向こうから声がした。
 「ミア、いるかい? ボクだよ。ちょっといいかな?」
 聞き覚えのある声。ナッシュだ。
「あ、ナッシュ? ちょっと待っててね。今開けるから……」
 作りかけの"それ"を戸棚にしまい、部屋のドアに向かう。
「こんにちは、ナッシュ。今日はどうしたの?」
 部屋のドアを開けて、ナッシュに挨拶。さすがに、ドアから顔だけを出して応対するという、某神官少女の真似はしないらしい。
「えっとね……って、うわッ!? ……あのさ……ミア……服……」
「え? 服? …………きゃあッ!?」
 ナッシュに言われて自分の服を見てみると、なんと寝巻き姿のままだった。そういえば、起きてからずっと"あれ"を作っていたっけ……などと思う。
 普段なら、自分の部屋に一日中いるとしても着替えているが、どうしても"あれ"を早く作りたくて着替えるのを忘れていた、まあ、そんなところである。
 そんな事を一瞬で思うと、慌ててドアを閉め、彼女は奥へ行って服を着替え始めた。


   (※ 注意 ただ今ミアちゃん着替え中。よい子は見ちゃダメだよ)

 いつものローブに着替えた後、ミアは改めてドアを開けた。
「ご、ごめんなさいナッシュ……」
「い、いや、謝らなくても……むしろうれし……じゃ、じゃなくて、いいんだよ、ミア。誰だって、間違いの一つや二つはあるものさ」
 ナッシュが、何となく気取ってみながら言う。でも、顔は真っ赤だ。
「そ、それでなんの用事なの?」
 ミアが言う。ついでに言うなれば、彼女の顔も真っ赤だ。
「あ、ああ、別に用事ってほどのものじゃないんだけど、最近ミアが部屋に閉じこもってるから……何をしてるのかなと思って……」
 まあ、ナッシュにとっては気になるところではある。
 ミアは判っているのだろうか? ナッシュの気持ちに。一度告白したとはいえ、ほとんどうやむやのうちに終わっているわけだから。ナッシュも苦労する。
 『大好き』と言ってはくれたものの、それはアレスやルーナたち全員に対してのものだった。その中に自分も含まれているわけだから、喜ぶべきなのか……そうもいかない。
 それをハッキリさせるためにも、ミアにもう一度告白しよう……そう思って来たのだが、寝巻き姿に阻まれてしまったようだ。機を逸した。結局、辺り障りのない事を言ってしまった。
「ちょっとした繕い物よ」
「そ、そうなのかい?じゃ、じゃあガンバってね……」
 何やらギクシャクした感じで回れ右をすると、ナッシュは階段のほうに向かって行った。一体何をしにきたのか……自分でも悲しくなる。
「…………?」
 その様子を見ながら、きょとんとした表情で、ミアがナッシュを見送る。
「……どうしたのかしら、ナッシュ……」
 そう呟いては見るものの、別に何が判るわけでもない。
 ミアは、作業の続きに移ることにした。ドアから作りかけの"それ"を取り出すと、裁縫道具を片手に仕上げに入る。
「今日中には出来そうね……」
 そう言って、また黙ったまま作業を続けていく……  

     ***
 ナッシュは歩いていた。魔法ギルドの廊下を。早足で。
 窓の外では雪が降っているのが見えるが、今のナッシュにそれを見ているゆとりはない。
(そうだよ……ミアだって、ボクのことが好きなはずだ……あせらなくても……)
 自分に言い聞かせるように、思う。しかし、結局はそれが気休めにしか過ぎないことを、自分では判っているのだ。いくら共に戦った仲とはいえ、このままいけば手遅れになるのは必至。 ナッシュは焦っていた。やはり、この気持ちはハッキリさせないといけない。
「……よし。次にミアに会ったら絶対言うぞ!」
「……何を言うんだ?」
「そりゃあもちろん『好き』だって……え?」
 あまりに自然に聞こえてきた声なので、答えてしまった。嫌な予感がして、後ろを振り向くと……案の定、そこにキリーがいた。
「キ、キリー! ど、どうしてここに!?」
「どうしてってそらおまえ、このまえ建物修理するの手伝えって言ってただろうが。でよ、来てみたら誰もみえねえからその辺ぶらついてたら、ナッシュ、おめえが不景気なツラして歩いてるじゃねえか。ちょっと声かけようと思ったらよ、『次にミアに会ったら絶対いうぞ!』なんておまえが叫んで……」
「ワーッ! いうないうな!」
 慌ててキリーの手を掴んで、玄関の外まで引っ張って行く。普段のナッシュからは考えられない力だ。
 そのまま近くの広場までキリーを引っ張って行き、そこでナッシュは足を止めた。
 そして、後ろを向いたままキリーに向かって言う。
「キリー、今さっきのことは他言無用に願うよ」
「今さっきのこと? ……ははぁ、おまえまだミアに告白してなかったのか?」
「そ、そんなことキミには関係無いだろ!」
「まあそうだけどな。でもよ、そろそろハッキリさせた方がいいんじゃねえのか?」
「これはボクの問題だ。キミは余計なことを言わないでくれたまえ!」
「でもね、ミアの幼なじみのあたしとしては、ちょっと気になる所なのよねえ……」
「ほら、ジェシカもああ言ってるぞ? 早いとこ告白した方がいいんじゃねえのか?」
「だからキミたちは黙っていて……え? キミ……たち?」
 本日二度目の嫌な予感。ゆっくりと、後ろを振り向く。
 いた。
 ジェシカが、キリーの横に立っている。いつの間にか。心臓に悪いカップルだ。
「ジェ、ジェシカ……な、なんでキミまで……」
「なんでって……こいつ一人でヴェーンなんかに来させるわけにはいかないでしょ?」
「おい……どういう意味だよジェシカ……」
「聞いてのとおりよ」
「……なんだと?」
「……文句あるの?」
 喧嘩するほど仲が良いとはよく言ったものである。
 しかし、そんな二人のやり取りも、ナッシュの耳には入っていなかった。
(やっぱり、早く言うべきだよね……)
 グッと拳を握ると、ナッシュは再び決意した。
(よし、次に会ったら絶対に……)
「お、決心がついたみたいだな」
「やる気になってるわねえ」
 ジェシカとキリーが、いつのまにか口喧嘩を止めていた。ナッシュのその様子を見て、どことなく楽しんでいるようでもある。
「よし、それじゃあたしがミアを呼んできてあげようか?」
「いや、余計なことはしないでくれたまえ。ミアには、ボクが自分で会いに行くから……」
「そうだぜジェシカ。それはヤボってもんだろ? ……それに、どうやら呼ぶ必要はないみたいだぜ……」
 キリーが指すその言葉どおり、呼ぶ必要はなくなっているようだった。
 ギルドの方向から、ミアが歩いてきていた。片手に麻の布袋などを持っている。
 この雪の中でも人影があるのが見えたらしく、こちらに向かって歩いてくる。
 三人は、広場の入り口でミアを迎えた。
「ミア、久しぶり〜 元気にしてた?」
「よぉミア、久しぶりだな。なんか建物の修理があるらしいが、このキリー様がきたからには、あっという間だぜ」
 と、二人が挨拶した。そして、ナッシュがその横で言った。もっとも、それはほとんど呟きのようなものだったが。
「ミ、ミア、あのね……聞いて欲しいことが……」
「あら、ジェシカとキリーもいるの? ちょうど良かったわ、これを見て欲しかったの」
 ナッシュの呟きは聞こえていないらしく、ミアは手に持つ袋の中から掌サイズの人形を取り出した。どうやら、さっきまでこれを作っていたらしい。
「ほら、ゴーゴンギドラのゴンちゃん人形。かわいいでしょ?」
 とっても嬉しそうな顔で二人に人形を見せる。本人にしてみれば、かなりの大作なのだろうか。しかしながら、キリーとジェシカの顔はどことなく引きつっている。ナッシュはその後ろでその様子を見ていた。
「え、ええそうね……上手いじゃない、ミア」
「まあ、価値観ってのは人それぞれだからな……」
「…………」
 それを遠巻きに見つめながら、ナッシュは黙ったままだった。なにも言えなかった。よく判らなかったけど、悲しかったのかもしれない。
(ただの友達でもいいじゃないか……それでもミアとは一緒にいられるんだから……)
 でも、ナッシュはそこにいることが出来なかった。
 ナッシュは、そこにいたくなかった。
「ねえナッシュ、あなたはどう思う……ナッシュ?」
 ミアが振り向いた時、ナッシュの姿はそこには無かった。

      ***
 雪が降っている。ヴェーンの建物が、白一色に染まっていた。周りを見渡せば、降る雪と建物が同化して、まるでそこには何も無いかのようにすら見える。
 一面に広がる銀世界。そこには、果てしなき幻想がある。  しかし、その中にたった一人でいるのは、果てしなき孤独かもしれない。
 ナッシュは座っていた。ヴェーンの淵に腰掛けて。
 特に考えることがあるわけでもない。ただ、座っていた。
「ボクは……人形にもかなわないのかな……」
 自嘲気味に呟く。自分が情けないとは思うのに、どうしようもなかった。
 そして今の自分は、ただ、座っているだけだった。
 肩に少し雪が積もっているが、別に寒いとは思わない。思えないのかもしれない。
「多分、悲しいんじゃないかな……」
 そう言うと、肩の雪を払う。
 見えない景色を見続けながら、ナッシュは座っていた。
 ――サクッ。
 ふと、雪を踏み締める音がした。
 この雪の中、自分以外に誰がこんな所に来るというのか――ナッシュはそちらを見上げてみた。雪に隠れて、よく見えない。足音が少しずつ近づいてきて、人影が次第にはっきりしてきた。
 ミアだった。
 やはり先ほどの袋を持ったまま、こちらに近づいてくる。
「あらナッシュ、こんな所にいたのね。探したのよ」
 そう言うと、ミアはナッシュの横に腰掛けた。
「どうしたの、急にいなくなって……心配したのよ?」
 ミアが心配そうに聞いてくる。本当に、どこまでも優しい娘だと思う。
 それでも、ナッシュは黙っていた。
「……ナッシュ? どうしたの?」
 ナッシュはそれでも喋らない。それを見てミアは何を思ったのか、手に持っていた袋をナッシュとは反対の方に置くと、中を開けた。そして何やらごそごそしている。
 ナッシュはその様子を黙って横目で見ていたが、やがて口を開いた。
「ミア……ボクは……」
「はい、これ」
 ナッシュが話を切り出そうとした時、ミアが袋の中の物を取り出した。そして、手に持つ"それ"を、ナッシュの首にかける。
 白い、マフラーだった。そのマフラーをかけると同時に、やわらかな温もりが全身を包む。恐らく、魔力を織り込んで作ったのだろう。
「ヴェーンの結界が無くなったから、ナッシュが寒いんじゃないかと思って……編んでみたの。どうかしら?」
 魔力を織り込む手間。
 武器系統などに一時的にかける魔法とは違い、生活用品などにかける魔法は、半永久的でなくてはならない。それには、その物を作る前に、それの材料となる物に魔力を付加し、作りながら更に魔力を宿していく……という工程が必要である。その為、作業をしている間は、極めて高い集中力が必要とされる。一度間違えば魔力の意味そのものが歪んでしまうので、途中での失敗は最初からのやり直しを意味する。つまり、ものすごい手間だ。
 それほどの手間をかけてまで、自分に作ってくれたマフラー。
 ナッシュは、自分が何を心配していたのかを思い出して、笑っていた。
「あはは……はは……ははははは……はははは!!」
「? ……ナッシュ、大丈夫?」
 急に笑い出したナッシュを見て、心配そうにミアが尋ねる。
「はは……ははは……ゴメンゴメン、大丈夫だよ。ありがとう、ミア」
「そう? ならいいのだけど……」
 何も心配することはなかった。自分を悲観することも、おとしめることもなかった。ただ、彼女を信じていればよかったんだ、と思う。自分が相手のことを想わないでどうするのか?
「本当に……ありがとう、ミア……」
「どうしたの? やっぱり今日のナッシュ、ちょっとヘン…………くしゅっ……あら、ちょっと冷えたかしら?」
「あっ! ご、ごめんミア! は、はやく中に入ろう!」
 横で寒そうにしているミアを見て、改めて自分のいる場所を認識した。彼女のくれたマフラーがあるのでそうは思えないが、今外はかなりの寒さのはずだ。彼女は、自分を探すためにその中を歩き回っていたのだ。
 もう少し二人でいたい気もするが、その為にミアに風邪を引かせるわけにはいかない。
「ささ、ミア、はやく行こう」
「あら、そんなに心配してくれなくてもわたしは大丈夫よ?」
「いや、でも…………え?」
 ミアがマフラーの端に手をかけ、そして、それを自分の首にかける。かなり長く作ったらしく、それでちょうど良い具合になった。
「ね、これならわたしも暖かいでしょ?」
 どう考えても、最初からそのつもりで作ったとしか思えないような長さだ。
「……? ナッシュ、顔が赤いわよ? 少し暑過ぎたかしら?」
「い、いや、大丈夫だって。じゃ、じゃあ、ちょっと場所を移動しないかい?」
「そう? それじゃ、行きましょうか」
 二人は立ち上がって、体の雪を払った。そして、その場を立ち去って行く。
 にこにこしながら歩いて行く少女と、少しどぎまぎしながら歩いて行く少年……
 そのマフラーに込められた想いに、少年は答えることが出来るのか?
 いつしか二人は手を繋ぎ、その場を離れていった――

     *
「おいジェシカ……」
「……何よ?」
「なんかよお、暑くねえか? それともおれの気のせいか?」
「気のせいだとは思うけどね……この雪だし……でも……暑いかも……」
「だろお? やっぱりなあ……」
「まあね……あんなもの見せられちゃあね……」
「見てるほうが恥ずかしくなるよなあ……」
 ……こらこら二人とも。隠れて覗いてるんじゃない。


    *****
 魔法ギルドに受け継がれし家宝、『ゴンちゃん人形』。それが収められている箱の中には、白いマフラーが一緒に収められている。これもまた、歴代の当主が愛用してきたという、曰くつきの逸品である。
「うふふ、あったか〜い☆ ご先祖様も便利な物作ったものねえ〜 ……でも、何でこんなに長いのかしら?」
 さて、彼女に気付く時が来るのかな?









   そこはカトナクあとがきなど

 あとがきを書く。偉そうに。え? 要らない? まあ、細かいことは、気にしない。
 あとがきを書くというよりは、途中で出てきた魔力を織り込むお話の事でちょっと。
 魔力を織り込むために云々言っていますが、全部嘘っぱちです。騙されないようにしましょう。騙される方がいたら、の話ですが。
 え〜……すいません。この話、ほとんど失敗です。ウケ狙いで書いたら、オカシイ事になりました。反省。もうしません。多分。
 ホントはね、『ゴンちゃん人形出生の謎』みたくな感じだったんだけどね……
 まあいいです。次に書く機会があったら、もうちょっと良い作品を書きたいと思います。
(ふう……とはいえ、私の言う事には信頼性がいまいち欠けますね……)
 まあ、そんな感じです。ルナの世界は大きくて良いですねぇ。
 ミアちゃんいいです、うん。それじゃ!






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