メダリオン
セイは、向かい合っていた。十歩ほど先に見える彼女を見つめながら、彼の右手には、拳大ほどの大きさのメダリオンが握られていた。
そして、セイはその少女に向かって言った。
「ルーシア……アンタは、これから一人でこの星の目覚めを待つッていうのか?」
目の前に立つ少女に、セイはある種の疑問を感じていた。
そう、それはアルテナに対しても感じていたことだった。
彼女達は強く、美しく、絶対なる力を持った存在だった。そして、悲しい存在だった。
「私は青き星のルーシア。私は、私の使命を果たします」
抑揚のない声で、彼女は言ってきた。
「でもよ、それじゃ寂しいじゃねェか。なあ、アンタも一緒にルナに来たらどうだ?向こうでだって、待つことぐらいできるだろ?ほら、アンタは寝てて良いからさ、起きた時に側にいてくれるヤツがいるってのはいいモンだぜ?」
セイは喋った。それは本心だった。そして、それが無理だという事も判っていた。彼女は、『青き星のルーシア』なのだから。
「…………」
ルーシアは何も言わなかった。セイは判っている。自分がこの星に残らなくてはならない訳を。だからこそ、なぜ彼がそういうことを言うのか、ルーシアには判らなかった。
だから、ルーシアは黙っていた。
しばらく沈黙が続き――セイが口を開いた。
「わかってるよ……それが無理なことくらいな……。何でアンタらはそうなンだろうな。ただ、自分の使命を信じ、自分の使命のみに生きる……」
「――それが私の使命だから――」
静かに……だが、はっきりと彼女は言った。
セイには、その決意の固さが余計に悲しく思えた。
「……悲しいだろ」
少し顔を伏せ、セイはぽつりと呟いた。
「――何が悲しいというのです?私はただ使命を果たすだけなのに……」
「だから、それじゃ悲しいだろ!?誰もいないこの星で、たった独りで待ち続けるッてのか!?」
「私は青き星のルーシア。私は、私の使命を果たします」
その時、セイは悟った。自分では無理だ。この少女に、人としての生き方を教えるのは。
だが、セイは信じていた。彼女達にもきっとわかる日がくると。
今は自分の出る幕ではない。だが、いつか彼女達にそれを教えてくれる人間が現われるだろう。今の自分にできることは――いつか現われる、その人間を信じること。
だから、自分はこれを彼女に渡しておかなくてはいけない。
セイは少女に向かって歩き、後二歩程度という所で足を止めた。そして、右手に握っていたメダリオンを少女に向かって差し出す。
「ルーシア、受け取れ」
「私にそんなものは不必要です」
あくまで事務的に言ってくる少女に、しかし彼はこう言った。
「必要あるから渡すンだよ。コイツにはな、メアリーの想いが詰まってる。いや、アイツだけじゃねぇ。今までこのメダリオンを手にしたヤツ、全員の想いが詰まってる。みんな、相手のことを信じてこれを渡してきたンだよ。オレは、アンタのことを信じた。だから、アンタも受け取れ」
ルーシアは、意味が判らないという風に怪訝な顔をして、彼を見つめる。
「オレは別にな、今言った事を今判れって言ってンじゃねぇ。ただ、アンタにコイツを受け取ってもらいたいだけだ。オレにはもう必要無いからな……」
ルーシアは戸惑った。私に必要で、彼に必要でないもの?
「いらない訳じゃねぇ。けど、オレは想いを繋ぎたいンだ。今判らなくても、そのうちに判る時が来る。だから、今は黙って受けとってくれ……」
そして、もう一度メダリオンを差し出す。
「…………」
ルーシアは黙って、そのメダリオンを受け取った。
それを見て、セイは安心したように肩をすくめると、くるりと踵を返して出口へと向かって行った。
「じゃあな。オレとメアリーの想いはちゃんと渡したからな……」
そのまま出口に向かって歩いて行くセイに、ルーシアは一つだけ問い掛けた。
「セイ、あなたはこれからどこに行こうというのですか?」
セイはその質問に足をとめ、そして振り向いて言った。
「メアリーに会わねぇとな。アイツはオレを待ってるからな」
「しかし、彼女はゾファーとの戦いで……」
「……ルーシア。大切なのは、信じることだ。メアリーの心はオレの心にあると信じている。だから、オレは彼女に会えると信じている……」
そして、心の中で思う。
(いつかアンタが人を信じ、そのメダリオンを託す相手ができることを、オレは信じているからな)
そして、今度こそ本当に、彼は去って行った。
一人残ったルーシアは、彼の言ったことを思い出していた。
(悲しい?寂しい?信じる?想い?………………判らない)
そして、さっき受け取ったメダリオンを見つめる。
(……でも……)
しかし、ルーシアはそれ以上考えようとはせず、メダリオンを首に掛けた。
そして、少し俯いたまま、自分自身に言うように呟いた。
「私は青き星のルーシア。私は、私の使命を果たします……」
そう言って顔を上げた彼女の表情には迷いは無く、固い決意が表れていた。
(……そう、私の役目は青き星の再生……)
そして彼女は、深い眠りに落ちていった……
あの時の目覚めと何が違うのか――
そう、あの時はルナの異変を感じ取ったから――だが今は――
クリスタルを叩く音で、少女は目覚めた。
少しずつ、目を開けていく。
そして、その視界に一人の少年が映った。
クリスタルを叩きながら、何度も何度も彼女の名前を呼んでいる。
少女は、少年が首にぶら下げているメダリオンに気がついた。
(――みんな、相手のことを信じてこれを渡してきたンだよ――)
少女は、あの時の言葉を思い出した。
自分が信じ、自分を信じてくれた少年が目の前にいる。
少女は、急に自分の視界がぼやけているのに気付いた。
(――な?起きた時に側にいてくれるヤツがいるってのはいいモンだろ?――)
そして、少女は少年の名を叫び、彼の胸に抱きついた――