ヒイロは空を見上げていた。
今は夜。
日は既に沈み、空には満天の星が輝く。
その中にひときわ強く輝く白銀の光があった。
それは大地を穏やかな光で覆っていた。
その光を「ルナ」という。
「蒼き星」を巡る白銀の星である。
ヒイロはその星で生まれ、そしてこの蒼き星へとやってきた。
いや、はるかな昔、蒼き星がルナの人々の故郷であることを考えると
「帰ってきた」というべきだろうか。
そして、いつかはルナの人々が蘇った蒼き星に帰ってくることができるように
なるであろう。
それはルーシアの使命。そして、彼女自身の望みでもある。
ヒイロは、その使命を背負ったルーシアを助けるために蒼き星に立っている。
二人でいれば、どんな困難にも打ち勝つ大きな力が生まれることを信じて。
「今日も穏やかな一日だったなあ。だんだんとすごしやすくなってきている
みたいだ」
風は優しくヒイロの頬をなでる。
ヒイロがこの大地に降り立って以来、
日に日に穏やかな気候になっていくのが分かる。
ふと、はるか天空を見上げる。
そこには彼の生まれた白銀の星ルナが輝いていた。
(いつかは、みんなが蒼き星を自由に訪れることが出来る日が来るのだろうか)
そう、自分は今、かつて見上げていた蒼き星の大地に立っているのだ。
このように空を見上げていると、幼い時のことが思い出される。
ヒイロは蒼き星の輝きを見るのが何よりも好きだった。
『そうよ〜。ヒイロったらすぐに泣き出して大変だったんだから』
自分が幼い頃、空が曇り蒼き星が見えない時、ぐずってしょうがなかった
というルビィの言葉が思い出される。
幼い頃はその指摘に対して
むきになって 「違うよっ」、と否定していたものだ。
しかし、その時、目にうっすらと涙を浮かべていたことを思い出し苦笑する。
そして、一つの疑問に至る。
どうして、自分はそれほどまでに蒼き星の輝きに惹かれていたのだろうか?
蒼き星の光、
優しい光、
それは誰かを思い出させる。
幼い頃自分を見つめてくれていた誰かを、
それは母という人?
それとも…
それとも…?
「ヒイロ?」
思いにふけっている中、遠くから遠慮がちに声をかけてくる人がいる。
ルーシアだ。
「どうしたの? 空を見上げて」
「ルナを、見ていたんだ。僕たちの出会ったあの世界を」
その言葉を聞いたルーシアは
ヒイロに対し申し訳なさそうな、不安の混じった目で見ている。
「ルナに、帰りたいの?」
彼女はヒイロが、この二人しかいない世界から離れてしまうことを
内心では恐れている。
一度は、覚悟を決めたつもりだった。
しかし、二度の別離に心が耐えられるかどうかは自信がなかったのだ。
もう、離れたくない。
その気持ちはヒイロにも十分分かっていた。
そして気持ちは同じであった。
「いいや、昔のことを思い出してたんだ」
「みんなのことを?」
「僕が子供だった頃のことさ」
「どんな風だったの?」
ルーシアが訪ねる。
ヒイロは自分が蒼き星の輝きに惹かれていたということをかいつまんで話をした。
ルーシアはその話を興味深げに聞いていた。
その瞳は好奇心の輝きをもってヒイロにそそがれる。
その瞳の輝きは、誰よりも優しく…
彼を見つめる二つの瞳の輝き、ふとあることに気がつく
その考えが頭の中で一つの事実を形作る
それに至った時、
(そうか…そうだったのかもしれない…)
ヒイロは、自分を見ていたルーシアを見つめかえす。
その眼差しは誰よりも優しく、何よりも愛しいものを見つめる
優しさに満ちていた。
「ヒ、ヒイロ?」
じっと見つめるヒイロの視線に自然と顔が赤くなるルーシア。
「どうしたの? そ、そんなにじっと見つめられると…」
「見つけたんだ」
「え? な、何を?」
「幼い頃から、僕が探していたかもしれないものの、一つをさ」
蒼き星の輝き、自分を見つめてくれていた光、
それは…きっと…
蒼き星の女神の眼差しと同じ輝きを放っていたのだということを、
ヒイロは今、見つけた。