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ア・ル・テ・ナ

〜 レクイエム ブルー 〜

 夏。

 はるか昔には、夏となると町の中でも「セミ」という虫の声が騒がしく鳴り響いたといわれるが、現在では、ただ照り付ける陽射しだけが静かにグラウンドを、街中に立ち並ぶビルを、空の雲を、ただただ白く輝かせていた。

 

 暑さのせいだろうか?

 誰もいないグラウンド。

 そのグラウンドの片隅に、ポツンと建てられた真っ白なビル。

 ビルといっても、大きな物ではない。ほんの3階建ての旧時代的な建造物だ。

 そのビルの中で彼は窓を閉め切り、流れ行く雲をぼうっと見つめていた。

 窓を閉め切っているからといって、部屋の中が暑いわけではない。いくら旧時代のビルだといって、空調が無いわけではない。

 空調や、水道などの設備は安物ではあるがちゃんと完備していた。

 そこは大学の研究施設。

 その部屋の一角に彼はいた。

 

 黒地にラメの入った夏用のスーツを、ヨレヨレになっているのも気にせず着こなす。

 ノーネクタイ。

 シワだらけになったYシャツが、ズボンから半分だけ飛び出している。

 これが彼いつもの服装だった。

 すでに折り目も無いスーツだが、これでも週に一度は洗濯していると彼は言う。

 彼の名は、アル。新エネルギー開発会社の研究室の主任である。

 その開発会社とこの大学は、新エネルギーの開発という共同研究をしており、彼は会社側の研究員兼、責任者として派遣されているのだ。

 そうして呆けていると、廊下の方が騒がしくなってきた。

 ドアノブの音とともに、一人の女性が入ってくる。

 そちらの方を振り向くと、そこにはブロンドの髪をふわふわとなびかせた、一人の女性がいた。

「あ、もうきてたんですか?

 はやいですね。」

 その彼女の後ろを、数人の男性がガヤガヤと通り過ぎていく。

 この研究室の学生たちだ。

 彼らのうち何人かが、彼女越しに挨拶をかけてくる。

 アルは、彼らに対し軽く手を振ると、彼女の方に目をやった。

 彼女もまた、この研究室の学生で、名を「ヴェーン」という。

 エネルギー論理学の博士号を持つ彼女は、この研究室の学生研究員のリーダーだ。

 化粧っけは無いが、美しい顔立ち。気品すらある。

 気さくな彼女の人柄からか、その顔のせいなのか、男性からの人望はある。(この研究室には他に女性がいないので、女性からの人望は知らない)

 しかし、特定の男性と付き合っている様子はない。

 おそらく、自己中心的かつ、研究にのめり込むと周りが見えなくなる性格のせいだろうか?

 「彼女と付き合うには、相当な覚悟がいる。」

 彼女を知る男性は、口々にこう答えた。

「教授は?」

 アルの問に彼女、ヴェーンは答える。

「学会に寄ってくるそうです。午後からは顔を出すっていってました。」

 彼女はハッキリとした口調でそう答えた。

 

「ところで、先生はどんな曲を持ってきたんですか?」

 先生と呼ばれた彼、アルは、「秘蔵版」と書かれたチップケースを取り出した。

「オニャンコクラブの「ウシロユビササレグミ」っていう曲さ。

 はるか昔に流行った歌で、歌謡曲というらしい。」

(注意:地球の20世紀の日本で流行った、同名曲とは一切関係ありません)

「か、変わった曲をもってるんですね・・・」

 (^^;

 こんな顔文字のような愛想笑いを浮かべながら、ドアを閉める。

 そして、部屋の中央あたりまで静かに歩み寄り、立ち止まる。

 彼女のダボダボした研究員用の白衣がわずかにゆれた。

「聞いてみるかい?」

 冗談半分にアルは言った。

 断るだろうと予想した上での発言だった。

 歌謡曲などと、そんな旧時代の流行歌をワザワザ聞くなど、相当な物好きのすることである。

 しかし、そんな彼の予想を裏切り、彼女は首を縦にふった。

一瞬、アルの方が硬直してしまった。

 そんなあるを見て、ヴェーンは微かに笑みをもらした。

 「じゃ、じゃあ、さっそくかけてみようか?」

 咳払いひとつ。

 そしてアルはこう切り出すと、歌の入ったチップをプレイヤーにセットした。

 「あ! ちょっと待って!」

 ヴェーンの声に振り返ると、彼女は部屋の片隅に設置された機械を、手馴れた手つきで操作し始めていた。

 いっけん、ジャンク品の集まりに見えるこの機械。

 実は、ある特定の高次元エネルギーを取り出すために考案されたモノだ。

 そしてこの機械の基本システムのアイデアを作ったのが彼女、ヴェーンである。

 「せっかくだから、アルテナにも聞かせてあげましょ?

  ひょっとしたら、この歌がキーになるかもしれないし。」

 いい終るが速いか、彼女はテキパキと機械を操作し始める。

 やがて、低い唸りをあげて機械は動き出した。

 

 アルテナ。

 アルテナ・エネルギー。

 肥大した科学文明は、これまでとは比較にならないほどの膨大なエネルギーを必要としていた。

 そのため、世界は常にエネルギーを必要とし、それを専門に研究する科学者や会社が競って新エネルギーの開発に乗り出していた。

 新エネルギーを作り出すことができれば、莫大な金を手にすることができるからだ。

 しかし、そうして作り出されたエネルギーも、すぐにむさぼり尽くされ、枯渇する。

 そうやって新たなエネルギーを求め、世界中の科学者が莫大な資金を投じてエネルギーの開発にいそしんでいた。

 アルテナ・エネルギーは、そんなエネルギー問題を一気に解決する画期的な新エネルギーだった。

 そのエネルギーの貯蓄量は、ほぼ無限。

 そして、アルテナ・エネルギーが生み出すエネルギー量は、今までのエネルギーのゆうに数千倍から、数億倍。

 理論値すらいまだ求めることができないほどの、超高出力なエネルギー。

 最初に、このエネルギーの存在する可能性を説いたのは、エネルギー学では世界一の権威を持ち、この開発チームの主任でもある「ガルシオン」博士だ。

 

 ガルシオン博士のこの学説も、あまりの突飛さに社会から認められることはなかった。

 そこに目をつけたのが、彼、アルの勤める会社だった。

 いや、正確には「アル」が目をつけたというべきだろうか。

 そしてついに、その存在は証明された。

 論理を超えたその向こうに、それは確かに存在した。

 計測器から、ガルシオン博士の理論値をはるかに超えるエネルギーが検出されたのだ。

 その報道は、「新時代の幕開け」と世界を歓喜させた。

 今回の実験は、そのエネルギーをエネルギーとして取り出すことである

 「ある特定以上の高次元エネルギーは、そのエネルギーの波長ごとに、ある特有の波長

 を与えることで、指向性を持たせることができる。」

 その学説を学会に示し、そして見事実証してみせたのが彼女、ヴェーンだ。

 彼女の実証したその学説のおかげで、今まで不可能であるといわれていた超高次元エネルギーの抽出を実現することができる可能性ができた。

 しかし、それで簡単にエネルギーが取り出せるわけではなかった。

 高次元エネルギーに、指向性を持たせる「特有の波長」を見つけ出さなければならない。

 そして、この「特有の波長」を見つけ出す方法は、今のところ皆無だった。

 彼女が実証した、その「特有の波長」を発見することができたのは、本当に偶然の出来事だった。

 つまるところ、今の段階ではあてずっぽうに「特有の波長」を探していくしかないのである。

 今回の実験こそ、まさにそれであった。

 

 次第に、計測器のパルスが安定していく。

 特殊な変調機にパルスを変換させる。

 元々こういう使い方をする装置ではないのだが、変換したパルスをスピーカーに出力させると、歌が聞こえてきた。「アルテナ・ソング」と呼ばれる現象だ。

 セレクターを「ウシロユビササレグミ」側に切り替える。

 スピーカから、ブツっという音がすると、沈黙する。

 まだ、曲の再生をしていなかった。

 無言で、アルは再生ボタンを押す。

 再び、スピーカは歌い出す。

 先ほどの、懐かしく安らぐ歌ではなく、どこか気恥ずかしいメロディーの歌が。

 

 同時に、その歌を変調機にかけ、別のセレクターを切り替える。

 スピーカから歌が流れ始めると、「プ!」とヴェーンは思わずふきだした。

 持ってこなきゃよかったなぁ〜・・・などと思っても、もう遅い。

 装置の方は何の反応も無かった。

 その間も、歌は流れつづける。

 アルにとっては、非常に気まずい時間であった。

 しかし、曲のサビに差し掛かり、変化が現れた。

 メータの値が急激に変化をし始めた。

「こ・・・これは・・・・・・・」

 最初に声をあげたのは、ヴェーンだった。

 急いで、あちこちの調整つまみを回し、スイッチを入れ切りする。

 

 しかし、メータは安定することなく、値が急激に増加していく。

 そのメータは、エネルギー値を示すメータだった。

「アルテナ・エネルギーが流入している?」

 ハッと、アルはアルテナ・エネルギーを集約する炉を見る。

 しかし、そこにはまだ何の反応も無い。

 メータの値だけが、みるみる増加していた。

 機械の故障か?

 そうおもい、ためしに音楽のボリュームを上げてみる。

 大音量が部屋に響き渡った。

 しかし、それすらも気にならぬほど、彼らはそれに注目していた。

 音量増幅とともに、目に見えて変化する数値。

 そして、次第に光を帯びていく集約炉。

 その光がちょうど部屋全体を包んだとき。

 

 

 街がひとつ消えた。

 

 

 

 

 プロローグ おわり




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